今僕は馴染みのバーで彼女が来るのを待っている。今夜は彼女に結婚を申し込むつもりでいる、彼女もたぶん薄々感じてるはずだ。
店にある古いアンティーク調の時計は8時20分を指していた。約束の時間は8時…遅刻だ。
時計の長針が25分を指した頃、店のドアが開き、そこには彼女が“ごめんなさい”という様な表情を満面に浮かべ立っていた。
「ごめんなさい、待った?」
「いや、僕も今しがた来た所だ」
彼女は“ほんとに?”という表情で僕の顔を覗き込んだ。
今更ながら本当に彼女は可愛いと思った。
30分位仕事の“ぐち”じみた事を話していただろうか、そろそろ例の話をしなければと考えていたが、ふとした些細な話からちょっとした口喧嘩が始まってしまった。
喧嘩は坂道を転がる様に次第にエスカレートして行き、ついには互いを罵り合うまで至ってしまった。
「馬鹿じゃないの、そんな事だからいつまで経っても大きな仕事を任せてもらえないのよ」
「男の仕事を甘く見るなよ、君みたいにスーパーのレジをただひたすら打ってるだけとは訳が違うんだよ」
「人が一生懸命やってる仕事を認めないなんて最低の男ね、それってあたし自信も認めてくれてない様に感じるわ」
「よくこの最低の男と今まで付き合って来れたもんだね、敬服するよ」
彼女は関を切った様にその場から立ち上がり、
「分かった!じゃあ付き合うの止めればいい話でしょ」
と斜め上から僕を蔑む様な目で睨み、椅子に掛けてあったバッグを掴んで足早に店の外へ出て行ってしまった。
時計の針は9時15分を指していた。