蒸し暑い真夏の夜。夏虫が騒がしいほど歌う河川敷の一角に青年と少女の姿がある。
青年の左手には黒の長い布袋。その布袋を握り締め、彼は川の流れを眺めていた。
「暑い。・・・家帰ろう?」
声を発したのは黒Tシャツに短パンを着た少女。少女は暑そうに胸元をパタパタと扇ぐ。
そして青年の握る布袋に目をやり、口を尖らせた。
「ってかまた刃物なんか持ち歩いて・・・。警察に見つかったらアウトだよ? わかってる?」
「あぁ〜、わかってるよ。でもこれは『あいつ』のだから」
『あいつ』、という言葉に少女は呆れたように溜め息ついた。
「だからさ〜、理偉さんがいなくなってから五年だよ。あれは家出だった。事件でもなく事故でもない。何より手紙が見つかったじゃないのよ。理偉さんは家庭や友人関係とか色々と問題があって」
「わかってる」
少女の少しまくし立てるような口調を青年は短く遮る。少女は不満そうにまた口を尖らせた。
そのまま二人は黙り、静かに川の流れを見ていた。虫の鳴き声が一層大きくなる。
やがて、
「帰る。兄貴も遅いから早く帰ってきなよ」
少女は踵を返し帰ろうとする。
が、その動きは振り返ったところでいきなり止まる。
「? おい、どうし」
青年は振り返ったまま止まる少女の視線の先を見つめた。
そこにいたのは少女。あまりに『変わって』しまった少女。
足の膝裏にまで届きそうな長い髪。
しかし、その髪は昔のような綺麗な黒ではなく、白。着ている服が黒いワンピースなのでその白さが際立つ。
左目には大きな傷ができていた。
雰囲気も違う。何より、自分たちを見る目が昔とはまるで違う、光のない淀んだ瞳。
力が入っていないのか、ユラユラと体を左右に揺らす。その彼女と青年の視線がぶつかる。
そして、
「空、都」
呟くような声だった。しかし、その言葉を聞いた青年は彼女に向かって走り出していた。
「理偉!」
叫ぶ。彼女は、柏木理偉は夏菱空都にとって大事な友人である。
どんな姿になっていても構わない。何があったのかなんかは後回しでいい。
だが、
「兄貴! ダメっ!」
空都の妹、奏の声は空都の耳に届いていなかった。