戦いを終え、海津城に入城した信玄は馬場信房と飯富虎昌の両名、そして嫡男の義信を交えて今会戦の評定をおこなっていた。
その席上、義信は信玄ににじり寄り、常に冷静沈着なこの男には珍しく、声を荒げて父を叱責していた。
「父上、何故三郎の申し出を受け入れなかったのですかっ!」
三人は上杉家との同盟がもたらすであろう効果を、明確に理解していた。
何より義信には、父にここまで無下に扱われる弟が、不憫でならなかった。
信玄は黙したまま、何も語らない。
義信は苛立ち、さらに父へと詰め寄っていた。
「何故、何もおっしゃれないのですか?
上杉との同盟がどれほどの重圧を他の大名家に与えるか、父上に解らぬ筈がないでしょう。
何にもまして、三郎が憐れだとはお考えにはなられないのですか?」
義信は半次郎を憐れみ、涙をおとしていた。
「……我らは天下統一の基盤となる信濃の国を手中におさめた。
何故いまさら、政虎ごときの力を借りねばならんのか」
駄々っ子のように拗ねる信玄に、義信は不信感を募らせていた。
何故こうも政虎の実力を認めようとせず、半次郎を厭うのかと。
親子のやり取りに口をはさまず、静聴していた信房と虎昌だったが、義信が感情的になるにつれ、これ以上に親子の確執が深まることを危惧していた。
二人は互いに目で合図しあうと、傅役である虎昌が信義に退室を勧めた。
これ以上の議論に意味を見いだせなかった義信も、素直に虎昌の指示を受け入れ、共に部屋をでる。
退室する義信はついに父、武田信玄の矜持を理解することができなかった。
信玄は上杉政虎の実力を認めていないのではなく、認めたくなかったのである。