流狼−時の彷徨い人−No.44

水無月密  2010-03-18投稿
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 戦いを終え、海津城に入城した信玄は馬場信房と飯富虎昌の両名、そして嫡男の義信を交えて今会戦の評定をおこなっていた。
 その席上、義信は信玄ににじり寄り、常に冷静沈着なこの男には珍しく、声を荒げて父を叱責していた。

「父上、何故三郎の申し出を受け入れなかったのですかっ!」
 三人は上杉家との同盟がもたらすであろう効果を、明確に理解していた。
 何より義信には、父にここまで無下に扱われる弟が、不憫でならなかった。


 信玄は黙したまま、何も語らない。
 義信は苛立ち、さらに父へと詰め寄っていた。
「何故、何もおっしゃれないのですか?
 上杉との同盟がどれほどの重圧を他の大名家に与えるか、父上に解らぬ筈がないでしょう。
 何にもまして、三郎が憐れだとはお考えにはなられないのですか?」
 義信は半次郎を憐れみ、涙をおとしていた。

「……我らは天下統一の基盤となる信濃の国を手中におさめた。
 何故いまさら、政虎ごときの力を借りねばならんのか」
 駄々っ子のように拗ねる信玄に、義信は不信感を募らせていた。
 何故こうも政虎の実力を認めようとせず、半次郎を厭うのかと。


 親子のやり取りに口をはさまず、静聴していた信房と虎昌だったが、義信が感情的になるにつれ、これ以上に親子の確執が深まることを危惧していた。
 二人は互いに目で合図しあうと、傅役である虎昌が信義に退室を勧めた。
 これ以上の議論に意味を見いだせなかった義信も、素直に虎昌の指示を受け入れ、共に部屋をでる。


 退室する義信はついに父、武田信玄の矜持を理解することができなかった。
 信玄は上杉政虎の実力を認めていないのではなく、認めたくなかったのである。




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