(戻ってしまう…。)
由宇は、完全に忘れていた。
何日かして、凛がレストランに来た。
「いらっしゃいませ」
凛はいつものように、窓際の席に座った。
「ご注文は?」
「由宇君に一番最初に薦めて貰ったメニュー覚えてる?」
「あぁ、トマトとスモークチキンのペンネグラタンとチーズのフォカッチャでしょ?」
「うん。お願いします」
由宇は、注文を受けると凛のもとに食事を運んだ。もちろんグラタンは、右側、フォークやスプーンの位置からコップの位置まで由宇は、そつなく凛の使いやすいように動かしていた。
由宇は、離れて凛の食べる姿を見ていた。
自分が誰かのために、その人の笑顔を見るために、こんなことをする自分が創造出来なかった。
「やっぱり、美味しかったぁこの味忘れない!」凛の言葉に由宇は、やっぱりと思った。
凛は、由宇を呼んだ。
「由宇君。私、また、留学先に戻るんだ…。」
由宇は、冷静を装って聞いた。
「いつ。発つの?」
「来週の水曜日の最終で…」
(あと…一週間か…。)
「由宇君。金曜日時間作れる?」
「あっ、うん。」
「じゃあ。あの喫茶店に5時に来てくれる」
「わかった。」
凛は、とてもやさしい表情で由宇に問いかけていた。
由宇は、これがきっと、最後の笑顔だろうと凛の全てを記憶に残そうとするかのように見つめていた。
水曜日…。
由宇が喫茶店に着くとCLOSEの札がでていた。
(あれっ?休み?)
扉に手をかけるとタイミング良くマスターが開けてくれた。
「いらっしゃい。待ってるよ」
そう言うと、カウンターに入っていった。
店内は、様子が違っていた。
凛が好きな大きな窓の席の前に一つの椅子が用意されていた。
そして、その前にも一つ椅子が用意されていた。
凛が店の奥からマスターに案内されてやって来た。
凛は、窓の前の椅子に座った。
「由宇君。座って?」
由宇は、凛の前に座った。
「由宇君。今日は、あなたのために、演奏します。この景色の前で…由宇君に聴いて貰うことが、今の私のあなたへの気持ちです」
そう言うと凛は、チェロの演奏を始めた。
その音色は、夕焼け空の色や木々の揺れる景色ととてもあっていた。
由宇は、苦しかった。
(なんで…。こんなに胸が痛いのか?)
苦しいのに…凛のやさしさに涙が流れた。
(俺…泣いてるよ…。)
由宇は、自分でもわからない感情に支配されていた。