子供は嘘をついているようには見えなかった。今やその唇には笑みの欠片も見えず、床へと落ちた視線は、大人びた憂いを帯びている。
ミルバと名乗る子供の静かな瞳を見つめながら、美香はただ困惑するしかなかった。
仮にこの子供が本当に前支配者だとしても、その発言は謎に満ちている。処刑された本物の支配者とは、一体どういうことなのか。処刑される、イコール死ぬということのはずなのに、なぜ子供は生きてここに立っているのだろう。
それに、他の謎がまだ解けていない。美香と耕太はなぜ再び洋館に戻ってきたのか。この子供は何をしたのか……。
「私たちはなぜこの場所に戻ってこれたの?」
美香はまず、一番気になっていることを先に尋ねることにした。
ミルバは不意に何かを割り切ったようにきっぱりと顔をあげると、美香の目を見て答えた。
「戻ってきた、という表現は正しいね。私は実際に君たちをここへ連れてきたわけじゃない。――時間を戻したんだ。」
「時間を、戻す…?」
耕太にはいまいち実感が湧かなかった。
「そう、私は時間を戻した。それは、君たちだけを過去に連れてきたという意味じゃない。セカイの時間そのものを戻したんだ。だからさっき起こった出来事……君たちが殺されそうになった出来事は、これから起こる可能性のある未来だということになる。」
「例えば、」と、ミルバは言葉を続ける。
「美香。君はさっきそこの扉に手を置いていただろう?そのまま君が扉を開いていたら、さっきのように上空から夜羽部隊に襲われ、君たちは走り出して、まったく同じ顛末になっていたんだ。」
美香は思わずまじまじと扉を見つめ、それからミルバを振り返った。
『やめておいた方がいい。』
ミルバが言った言葉が脳裏に蘇る。あれはそういうことだったのだ。
(だから引き止めてくれたんだ……。)
妙に納得した気持ちになり、美香はやっと肩の力が抜けた。そんな自分が不思議でもあった。時間を戻すなんて、そんな突飛なことを言われて信じるなんて、大概どうかしている。
子供もまったく同じように思ったのか、また少し不安そうな顔で二人を見上げた。
「……と、話したわけだが、君たちは信じてくれるか?」
美香は思わず耕太を見て、その顔が自分と同じ安らいだものになっているのを認め、ホッとした。
「俺は信じる。美香は?」
「私も信じるわ。」