【彼】は、虫が嫌いだった。
虫がこの世にいるという事実ですら我慢できないようだった。
体の中で、取り分けて小さく見える手で、必死に虫から逃げていた。
結衣子は、いつも遠くからハラハラしながら見守っていた。
その子の手が、体のバランス上で大きければ心もさほど騒がなかったのだろうが、どう見ても、手足の小さな子どもだった。
その子が、身体いっぱいに、虫を避けている。
結衣子も虫が苦手だっただけに、気掛かりだったのだろう。
自らが怖いのを忘れて、結衣子は、【小さな恋人】を助けたくて仕方がなかった。
そして、その日がきた。
うっすら曇天で、小さな虫がたくさん舞うように飛んでいる日に、結衣子は、久しぶりに祖父について園を訪れた。
もう一刻でも早く王子様を見たくて、祖父の側をすり抜けた。
そして、【彼】を見つけた。
【彼】は、虫から逃げていた。
結衣子は、虫に近づいた。
怖かった。
でも、【大事なひと】が悲しげなことは、たまらなく嫌だった。
結衣子は、はらった。
結衣子は、生まれてはじめて虫をはらった。
大切な王子様を守るために。
そして、それを成したことで自信を身につけた。
結衣子は、大切な想いを貫いたのだった。