そんないきさつを僕は何処かから見ていた。いや、目という物が無いんだから、見ていたという表現はおかしいかもしれないが、不思議な事に、今まで居た次元の世界の事象の流れ、成り行きが手に取る様に分かるのだ。
あの後二人はお互い気まずくなり、暫くの間会わなかった。僕が行方不明になった事も、一時は騒然となり色んな噂が流れたりしたが、元々身元が判らないよそ者だった僕は、次第に周囲の人々の記憶から消されていった。
僕は思った。あの夜二人が結ばれて、生まれるべき子供が僕の母親であり、その母親から生まれた僕は、それが歴史事実として無くなってしまう流れになった為に、存在が消えてしまったのではないか。
和子が僕に恋心を抱いてるんじゃないかという事は薄々感じていた。それがお祭りでの金魚すくいの一件や、ハプニングとは言え彼女を抱きしめた事によって、彼女の僕に対する想いが確固たる物になってしまった。
もしあのまま予定通りに事が進んでも、果たして和子は敬太郎の気持ちを受け入れただろうか…いや、それより前に敬太郎は、明らかに僕に好意を持っていると分かった和子を誘っていただろうか…いずれにせよ、その夜二人が結ばれる歴史事実は消えたのだ。そしてその瞬間、僕を生んでくれるはずの母親を失った僕は、歴史上に存在する事が許されなくなった。