『それはもう、決まっていますとも』
リク=ウル=カルンダハラはマホガニーテーブルを両手で軽く叩き、
『私の仲間になって下さい』
『仲間とな?』
ネカイア名誉元帥にとって、それはとうの昔に忘れ去った筈の言葉であった。
『フーバー=エンジェルミとその与党―私も貴方も共に立ち向かうべき理由盛りだくさんじゃあありませんか』
言いながら総領事はジュラルミンケースの中に指先を入れ、二人の間を舞台に踊っていた平面ホロ画像に退場を命じた。
『率直に言うとね総領事殿―私は復讐が怖い』
公爵の恐怖も最もであった。
無辜の星民を何千何万も虫けらの様に虐殺し、気に入らなければ身内すら生贄にするモンスター達の事だ。
一度逆らえばどんな仕返し・御礼参りの挙に出て来るか分かった物ではなかった。
『元帥閣下―その点は御心配無く。実は貴国への我が軍の駐留も《見返り》として要求さして頂きますから』
世界最強の軍事国家の全面的なバックアップ―\r
幾ら太子党でもこれには簡単には手出し出来ないだろう―\r
リクはそこまで考えて布石を打っているのだ。
総領事は再びホロ画像を公爵の目の前に現前させて、
『我が共和国宙邦はネカイア公国との間に宙際安全保障条約を締結する事をここに提案します』
名誉元帥は中空に映し出されたその内容にじっくりと目を通し吟味を始めた。
読めば読む程それが地獄に垂らされた蜘蛛の糸である事が分かって来た。
かすかながら、ネカイア公爵の目には希望の光が灯り出す。
『ほ、本当にこれで良いのかね。こんな少ない負担で我が国を守ってくれると言うのかね?』
実質共和国元老院が要求していたのは、基地建設・星系内小惑星の開発権位で、他はほぼ今まで通り、収奪や干渉とは全く無縁なささやかな《対価》であったのだ。
『ええ。これ以上びた一文要求しませんよ?』
後はケースの中にある窪みに人差し指を押し付ければ、指紋・DNA認証が完了、条約は発効する―そこまでリクが説明した時だ。
公爵の顔付きがみるみる変わり始めた―今度はさっきとは別の方向に、そしてより劇的に。
それは大して長くは無い少年の人生と経験からして、今まで接した事も無ければ想像だに出来ない有様であった。
長年抑え付けられ踏み付けられた怨念・屈辱・憤怒・絶望の溶岩が一挙に吹き出す公爵の相貌は噴火口と化したのだ!