今日は夜になって、急に風が強くなってきました。
時折ブルーのシートが、バタバタと大きな音をたてて揺れます。
今夜のお仕事、どうするのかなぁ…
気になってご主人様を見たら、
あれ?
ご主人様、あまり顔色がよくないですよ。
そういえば今朝から、ちょっと元気がなかったなぁ…
大丈夫かなぁ、風邪でもひいたのかなぁ…
もうお仕事に行く時間は、とっくに過ぎているのに、まだ横になってるし…
あっ、
ご主人様が起き上がりました。
わん!
大丈夫ですか、ご主人様!
「おやおや、私の事を心配してくれるのかい。
ありがとうね。
大丈夫だよ。
一晩寝れば、また元気になれるよ。
でも今夜はこんなに風が強いから、お仕事はお休みにしましょうね。
じゃ、お話をしましょうかね。
今夜はどんなお話をしようかしら。
今夜は…」
そこまで言って、急にご主人様は胸を手で押さえて下を向き、しばらくじっとしていました。
本当に大丈夫ですか?
「ははは…大丈夫よ」
ご主人様は顔を上げ、ちょっと笑いました。
「あらあら、そんな目をして。
平気よ。
なんともないわよ。
それより、お話をしましょうね。
今夜はね…
…そう、今夜はこんなお話を聞いてちょうだいね。
大きなお屋敷に住んでいた、一人の女の子のお話よ…
最終話
最後の物語
昔々ある所に、とても大きなお屋敷があったのよ。
そのお屋敷には、主人とその奥様、そして一人娘が住んでいたのよ。
そのお屋敷の主人はね、とても大きな会社の社長さんだったの。
一人娘だったその女の子は、すごく大切に育てられて、何不自由する事なく、毎日楽しく暮らしていたの。
彼女の周りには、いつも大勢の人が集まって、そして彼女の事をみんなが大事にしてくれていたのよ。
彼女は小さい時から物語を作るのが大好きで、いつも頭の中でたくさんの物語を作って遊んでいたの。
そんな彼女も年頃になってね。
婚約もしたのよ。
でも何の前触れもなく、突然その日は訪れたの。
とっても悲しい日。
すべてが変わった日。その日、お屋敷の主人と奥様が、車の事故で二人とも亡くなってしまったの…」
そこまで話すと、ご主人様は少し黙ってしまいました。
あれ?
ご主人様、なんか目が濡れていますよ。