人生には様々な分岐があるらしい。
ただ、たいていは分岐で大きく人生の変わる人はいない。
そんなのはタレントとか、社長みたいに、その道において有名な人くらいだ。
平凡な人生にはそんなに大きな刺激はない。
僕もまた、そんな平凡な人生を歩んでいくはずだった。
ザァーッ。
無機質な雨音が鳴り響くそんな中で、僕はただただ雨に打たれる。
無表情にただ前を見つめて座っている。
この時、僕は初めて刺激なんかいらないと思った。
平凡な人生でいい。
だから今の状況をなんとかしてくれ。
突然、自分に降っていた雨が止まった。
ぼんやりと前を見つめていた自分の視界には、知らないうちに人が傘をさして立っていた。
黒なのか紺なのか、雨のせいでハッキリとしないあいまいな色のコートをきた男だ。
そのコートの男を僕は見上げた。
きっとこの人には抜け殻のように写っているんだろう。
コートの男の口が開く。
「君もまた、歯車がずれてしまったんだね。」
コートの男の声と目は、まるでぼくのことを悟っているかのようだった。
この人には本当に僕のことがわかっている。
そう思えてならなかった。
どうしてこうなったんだろう?
僕はただ、平凡な人生に刺激があればいいと思っていただけなのに…。
「僕は…」
「?」
「僕は、少しの刺激でよかったのに。それなのに、なんでなんだよ…」
「頼むよ!!刺激なんかいらない!!だから…。あの平凡な人生を返してくれよ…。」
泣き崩れている自分がそこにはある。
情けないかもしれない。
でも本当に返してほしいんだ。
またコートの男の口が開く。
「時間は不可逆だ。戻ることなんか誰にも出来ないんだ。それに、ずれた歯車は決してすぐには戻れない。それでも、君が歩を進めるなら、ついておいで。僕の管理するアパートには君と同じように、歯車がずれた人たちがいるから。」
この時、僕の人生は変異した。