フーバー=エンジェルミはその居所を惑星ティヴィタヴェキアの中枢・シテの最上級ホテルに定めていた。
当然一番豪華なスウィートルームだ。
『まだだ。まだこんな程度じゃ僕の目指す《美しい国》からは程遠い』
名門キーンネ公爵家の御曹司は、この地でおよそ人の思い付く限りのあらゆる倒錯の境地を貪り尽くしながらも、今だ以て御不満の様子であった。
身長一七五cm。
この年二0になる彼は、ぱっと見だけで複数の女性を虜に出来る中肉中背の美少年であった。
だがそれ以上に癇の強そうな神経質そうな表情と仕草の持ち主であるのも動かし難い事実であった。
『もっとここの愚民共に僕の素晴らしさ恐ろしさを思い知らせてやらないと』
そのスウィートルームで、彼はベッドに腰掛けながら片拳を強く握り、そう一人ごちた。
反対側の手にはワイングラスが握られていて、中に満たされた深紅の液体がゆらゆらと波打っている。
『だけどキーンネ公爵公子殿、余り派手にやり過ぎると却って足が付くのではないのかい?』
ベッドの傍らに立ちながら、フーバー=エンジェルミと同い年位の青年が、両手を軽く左右に広げて是定とも否定とも言えない意見を注進した。
この部屋の主人よりは軽く一0cmは高い長身に、緑のスーツをパリッと着こなしている。
金色の頭髪を軍隊宜しく短く刈り上げており、それが彼の特徴と言えば特徴であった。
『ハミルトン、誰もお前の考えなんか聞いちゃいない』
キッとなってフーバー=エンジェルミはヒステリーを露にした。
グラスを持つ手が腺病質的にカタカタと震えだす。
『お前もあまりイイ気になるな―七代続いて僕の家の禄を食む家人郎党の分際が』
だれのお陰で息が出来てるんだと指差して問われて、ハミルトン=ゾラは肩をすくめた。
『そりゃ確かに俺は君の一族の奴婢の出だけど、意見位さして貰っても良いんじゃないのかい?気に入らなければ何時でも俺を殺せるんだろう?』
『ふん、そうだ。良く身の程を弁えているじゃないか』
奇妙な満足の仕方をして、フーバー=エンジェルミは杯の中身を飲み干し―口中を真っ赤に染め上げる。
そこから漂うのはアルコールや果物の香り等ではなかった。
どこか金属を思わせる生臭さ―上流階級が愛飲する洗練された代物等ではけっして無かったのだ。
彼の飲んでいたのは―人間の血であった。