フーバー=エンジェルミが空になったワイングラスをやや高く尽きだしながら、すぐ近くのステンレス=カーゴに向けて顎をしゃくると、慣れた手つきでそこに立つボトルを取ってハミルトン=ゾラが給仕してやる。
なみなみと注がれる人血。
躊躇う事無く狂気の貴公子はかっ食らって見せた。
『ふん、やっぱ不味いな。処女の生き血とは言え所詮辺境の雑種じゃあタカが知れているか』
そして今度は自らカーゴに手を伸ばし―ナイフとフォークを取ってハミルトンを促した。
エンジェルミ一門の家人がやはりカーゴの七割を占する純銀製の盆の蓋を開けると、そこには何の変哲もなさそうなステーキが湯気を上げていた。
だが、それを小さく切って一つ口にすると―\r
『はっ、これが赤子の肉!?ふざけんなよ。どう贔屓目に見ても死にかけのジジババのそれじゃねえか!おい、もう我慢出来ない。すぐに作った奴を呼べ!!』
『おいおい、それは素材が悪いのであって―』
『ハミルトン!お前の意見は聞いてない!!』
ご立腹の太子党の総帥に呼ばれたシェフは膝まづきながら恰幅の良い体をカタカタ震わせていた。
よれよれになった口からは早くも泡を吹き出しながら同じ台詞を小刻みに発し続けて助命を乞うている。
『御許しを、じゃねえんだよ』
高い帽子毎その頭を踏み付けながら、フーバー=エンジェルミは怒気に満ちた眼差しをくれてやった。
するとそこへハミルトンに手配さした屈強なスーツ姿の一団が、スイートルームに入って来た。
その数十人ばかり。
フーバー=エンジェルミは彼等を一瞥してから、カーペットに額所か顔面中を擦り付けている、哀れな責任者の目線に合わせるかの様に深くしゃがみ込んで、
『おお可哀想に―そんなに怯える程お前は無知だったと言う訳なんだな。だったらお前を責めるのはやめよう。代わりにお前に最高のチャンスを与えてやるよ』
それは不気味な不気味な猫撫で声で相手の顔を上げさせた。
それを合図にでもしたのか、彼等二人を取り巻くスーツ姿達が足音もなくじわりとにじり寄って来る。
手に手に処刑道具とも拷問用具とも表現出来る長さめいめいの複雑な凶器を煌めかせながら!
『ひ・・・ひいいぃぃぃイィィィィ』
シェフの上げた叫び声呻き声を陰惨なバックコーラスにして、夥しい血しぶきが部屋の中を乱舞する!