だが、やはり覇王の存在に感じた恐怖は、ぬぐい去ることができなかった。
もしもあの場にミルバがいなかったら、少なくとも美香は、確実に殺されていた……。
思わずぶるりと身震いすると、耕太の手が美香の肩に置かれた。耕太も白い顔をしていたが、奥歯を噛み締め、必死にそれに耐えているようだった。
「あいつ、何であんな所にいたんだろう？まるで俺たちが来るのを知ってたみたいな……。」
「だとしたら、やはり迂濶には行動できないな。夜羽部隊を出動させている限り、覇王も自ら出向いたりはしないだろうと思っていたが、その考えが甘かったんだ。」
ミルバは後悔しているようだった。一瞬瞼を伏せ、すっと持ち上げると、深緑色の大きな瞳で美香たちを見つめた。
「これから、光の子供の魂の分け身の家に、君たちを連れて行く。覇王を避けるためにも、今日はもう動かない方がいいだろう。」
今度は先程とは違う方向へ歩き出したミルバに続いて、美香と耕太は足を踏み出した。
三人は付かず離れず、走るわけでもなく、ぴたりと固まって移動した。空は群青から透明なブルーへ、東の空はさらに明るい白や黄色へと色を変え始めたが、街には未だに眠りの沈黙が落ちていた。靴音が静かな通りに響く。三人は緊張状態を保ったまま、辺りの様子をうかがい、警戒して進んだ。
魂の分け身の家は、そこからほど遠くないところにあった。「ここだ」と言ってミルバが立ち止まったのは、移動を始めてからわずか十分後で、美香は何だか拍子抜けしてしまった。
指差された家を見上げて、美香は違和感を覚えた。すぐにその理由に気づいて、美香は思わずぽかんとしてしまった。
「耕太…！」
「ああ。ここって、美香の家だよな！？」
その家は“真セカイ”にある、美香と舞子と両親が暮らす家にそっくりだった。白い家壁や、紺色の三角屋根。塀の位置、外門の色、チャイムの脇にある「今藤」の表札。
「この家に住む光の子供の魂の分け身っていうのは……、」
またドキドキしてきた心臓を抑えながら呟くように言うと、ミルバは神妙な顔で頷いた。
「ああ。舞子の分身だ。」
「こんなところに入って大丈夫かよ？」
耕太は薄気味悪そうに後ずさり、逆に美香は懐かしい我が家に惹かれてふらふらと近寄った。バラバラな二人の反応を見てため息をつきながら、ミルバは家の玄関へ向かっていった。
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