「…ママは、魔法使いを引退することにしました」
『…』
「…あ、引退って分かる?やめちゃうってことね」
『…』
「あっ、会社はやめないよ?魔法使わないでお仕事することになったから」
『…』
本当はここで真実を話さなければならないことは分かってる…!でも、とてもじゃないけど(じゃーん!実は嘘でしたー!)なんて絶対に言えない…!だって、子供は本当に本当にママは魔法使いだって信じてるんだもの…!
それで、先日職場で足を傷めたのを口実に【魔法使いを引退する】ことで、この話題を封印し、過ぎ去る時間が無垢な子供の心から消し去ってくれるのを待つという、卑怯極まりない手段に出たのだった。
子供はあまりに急な母の宣言に黙り込む。
「…ほら、ママ会社で足くじいたって言ったでしょ?で、ホウキ乗れなくなっちゃって」
『まだいたいの?やっぱりお医者さんにみてもらおうか』
「いや、たいしたことないんだよ。ただね、治っても前みたいに上手には乗れないかもしれないから」
実際、足はたいしたことはなかった。まだ違和感は少しあるものの、病院に行くほどではないことは感覚で分かっていた。
「やっぱり魔法使いは大変なお仕事だからね。ちょっとの怪我でも続けられないんだよ」
『…じゃあもう魔法使えないの?』
「…うんそうだね。…あっ!でもだいじょうぶ!どろぼうさんが来ても◯◯◯(子供の名前)のことは絶対に何があっても守るからね」
『…本当?』
「本当だよ!魔法が使えなくたってママ強いんだから!ぜーったい守ってあげるからね」
『うん!』
あまりに屈託なく返事を返す子供に、罪悪感が胸を刺す。それはしばらく消えることはなかった。本当にあれで良かったのか…いや、真実を伝えてショックを与えるにはまだこの子は幼なすぎる…でも、逆に大きくなってから知ったほうがより苦しみが深いんじゃ…だいいち、そう都合よく忘れてくれるかどうか…。
そんな悩みをよそに、子供はそれ以来、まるで何かに記憶を消されでもしたかのように、ぴたっとその話題に触れなくなった。
こうして【親子の危機】をなんとか乗り越えたのである。
…のように見えたが。
『ママってほんとヒドイよね〜』
「えっ!」