子供のセカイ。166

アンヌ  2010-05-02投稿
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美香はしばらく家から目が離せなかった。本当に久しぶりだった。“子供のセカイ”の時間の進み方はよくわからないが、それでも、少なくとももう二週間以上は家に帰っていない気がする。
不意に家にいるはずの父と母が恋しくなって、美香は顔を歪めた。胸がきゅうっと締め付けられるような郷愁の想いでいっぱいになる。
その気持ちに突き動かされるように、歩き始めたミルバの背中を追おうとして、美香は急にぴたりと動きを止めた。つい昨日の記憶が脳裏を横切ったためだった。
舞子の魂の分け身……未だ九歳の姿を保ち続けている舞子のドッペルゲンガーは、美香が手を伸ばしたあの時、はっきりと姉を拒絶した。その衝撃がどれだけ痛く胸を突き刺したか、美香は鮮明に覚えていた。
(……でも、今ここで逃げるわけには、いかないじゃない。)
舞子の魂の分け身からさえも逃げ出すなら、舞子本人を相手にすることなど到底かなわないことだ。
人から、特に実の妹から、敵意や純粋な憎しみを向けられるのは怖くてたまらなかったが、それでも行くしかなかった。
「何やってるの耕太?早く行くわよ。」
美香は声が震えないように、できるだけ気丈に顔を上げ、微笑んで見せると、颯爽と髪を翻して歩き始めた。
そんな美香の様子を見て引き下がるわけにもいかず、弱腰の耕太も渋々外門に手をかけた。
その時、ふと誰かの視線を感じて、耕太は振り返った。
しかし、早朝の通りには人っ子一人見当たらない。猫一匹、虫一匹さえもいないような、奇妙な静けさが満ちている。
しばらく制止したまま無人の街を眺めた後、耕太は一回頭を振ると、敷地内に入りガシャンと外門を閉じた。
――慌てて近くの建物の陰に隠れた少女は、そうっと顔を出して耕太の背中を盗み見た。それはおかっぱ頭の可愛らしい少女で、くまの柄のTシャツを着ていた。少女は濡れた黒い瞳で、家の中に入っていく一行を――特に美香を――ひたむきな眼差しで見つめていた。
少女は躊躇い、二の足を踏んだが、結局家の方に行くことはなかった。くるりと背を向け、小さな足で街の中をラディスパークの中心に向かって駆けていった……。

* * *

コルニア城へ帰還した覇王は、巨大な玄関ホールで灰色のマントをばさりと脱ぎ捨てると、控えていた侍女の一人に手渡した。



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