子供のセカイ。169

アンヌ  2010-05-14投稿
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壁の高い位置にある、大きな丸窓が割れたようだ。
同時に、床に向かって一直線に落ちてきた黒い人影に、覇王は反射的に舞子の腕を引いて自分の背後に隠すと、白刃を煌めかせて細身の剣を引き抜いた。
「何者だ!」
鋭く声を張ると、舞子が怯えたように覇王の服の裾を握りしめた。しかし予想に反して、侵入者は襲いかかって来なかった。むしろ割れた窓ガラスの破片の上に横たわり、時折びくり、びくりと体を震わせている。
覇王は突きつけるように剣を構えたまま、慎重に人影が横たわる部屋の隅の暗がりに向かって歩き出した。舞子が服をつかんだままついてくるのを、あえて放置する。後ろに残す方が危険だ。前方の人間がおとりである可能性も高い。
少し近づいた所で、覇王は思わず安堵の息を漏らした。
それは美香や耕太、あるいは耕太が考え出した想像物などではなく、夜羽部隊の女隊員の一人だった。
逆に、立ち止まった覇王の後ろから怖々と顔を出した舞子は、それが自らの生み出した存在であることに気づいて、細く悲鳴を上げた。慌てて女に駆け寄る舞子を見送りながら、ただ覇王はじわりと浮かんでくる嫌な予感に、珍しく動揺していた。
「どうしたの、アリア!何でこんな酷い怪我して…?」
舞子はガラスの破片を足で蹴ってどけると、ドレスの裾を踏んだままつんのめるように座り込み、女の頭を持ち上げて自分の膝の上に乗せた。舞子は自分が生み出した多くのもの――とりわけ愛着を持ったものには、名前をつけるようにしている。覇王には夜羽部隊の女たちは皆同じ顔をしているようにしか見えなかったが、舞子はそのすべての顔と名前を把握していた。
アリア、と呼ばれたその女は、確かに酷く傷ついていた。窓をぶち破った衝撃で身体中を強打し、ガラスの破片があちこち肌を切り裂いているのももちろんだが、さらに腹に一本の深い傷が真横に走っており、黒い衣装には血がこびりついている。唇から左の頬にかけてが歪に変形していた。何か固いもので殴りつけられたようだ。
見た事のない悲惨な光景に、舞子はぞくぞくと腹の内が蠢くような気持ちの悪さを感じ、思わず女から目を反らした。
「アリア!」
それでも必死に名前を呼ぶ舞子に対し、アリアは反応を返さなかった。瞼は薄く閉じられ、青白い顔は首をのけぞらせたまま静止している。



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