まだ若く、正義を信じていた佐藤は、その情報の一部をマスコミに漏らした。
彼にしてみれば、その行為はあくまでも改革のきっかけのつもりで、少量の膿を除くことにすぎなかった。だが、長期間、安住の座に座っていた王者の体は、血液よりも、むしろ膿によって保たれていたのである。
佐藤の漏らした情報がきっかけとなり、芋づる式に不正が暴かれ、当時の経営陣は首を吊った。
信じられないくらいに呆気なく、王は倒れた。後に残ったのは、空の玉座と正統な通行者を失った暗黒街道のみである。
佐藤は罪悪感を感じなかった。むしろ自分が巨悪の内部に身を置いていた事に嫌悪感すら感じていた。彼は、金目コンツェルン崩壊の後、近しい者達を集めて陽光商事を立ち上げ、そこの社長に就任した。
それから10年、佐藤とその仲間達は、かつての主を反面教師として、地道にそして確実に会社を大きくしていった。
客観的に見れば、佐藤のやった事は、賞賛されこそすれ、非難される様な事ではない。事実、佐藤は自らの手で巨悪を葬ったことを誇りにしてきたし、それを原動力として10年間頑張ってきた。それは、誰より佐藤自身が知っていることだった。
(何故、俺はこんな所にいるんだ?)
佐藤は自らに問い掛けた。暗黒街道の存在は知っていたが自分はそれと最も遠い位置にいると認識していた。
(俺は、こんな陰気臭い所にいるような人間ではないんだ。今からでも遅くはない、引き返して辰巳屋にでも行こう)
辰巳屋とは、佐藤のいきつけの居酒屋の一つである。安心感のある和風デザインの店で、気分を盛り上げたい時に利用してきた。だが、佐藤の足は一向に止まる気配がない。
暗黒街道には不吉な噂があった。曰く『暗黒街道は人を喰う』と。暗黒街道に足を踏み入れた者は、生気を吸い取られて生ける屍になってしまい、数日中に自ら命を絶つ。という噂だった。しかも、自ら望んでそうなるという話であった。
最初、この話を聞いたとき、佐藤は笑った。だが、今の自分を見ていると、笑える話ではなかった。
「俺は、破滅を望んでいるのか?」幾度目かになる答える者のない問いを発した。
「はい、そうでございます」