幼い頃の僕の唯一の楽しみと言えば、年に一度雨季になると帰ってくる叔父さんが、広い世界で見て来たことを身振り手振りで、時には絵も入れて話してくれる武勇伝だった。
それにはいろいろなことが詰まっていて狭かった僕の世界を広げてくれた。
ゼ・ロマロの港では僕の村の家をすべて足した大きさより大きい船が飛び交い、シルーテル草原では山一つない大地が永遠と続いている。変わって連邦の帝都であるラッツァルキアではたった70テクトしかない場所に2兆人以上の人が住んでいる。その話を聞いた時、村の面積は120テクトで人口は70人くらいだったから、ゾッとしてしまって夜も眠れなかった。
だけどその話はまだ序の口で、一番怖かったのはスライノア監獄の囚人たちの話だ。連邦内で重罪を犯した者や反連邦組織「ズーラント」が入る刑務所で、入ったら最後、囚人たちは光を見ることは無いという。そして1日に3回鎖を伝って電流が流され、多くの者は3日で廃人になる。でなければ死刑になる、というものだった。
僕はその話を何年も引きずり、夜も眠れないくらいのトラウマになってしまうほどだった。
僕が10歳の時こんなこともあった。連邦の役人が開いてくれた特別講座で、世界で一番高い山、ザルキリバル山の麓に住むムライル族は今なお、原始的で知能の低い生活を送っている。だからその名もムライル=取り残された者、というのだと教えられた。そんな話を雨季に家に帰った叔父さんにすると、叔父さんが何とも言えない困惑の表情で「まったく、役人は何を教えておる。」と言ったのをよく覚えている。それから叔父さんは、ムライル族は低知能で原始的な生活ではなく我々よりもはるかに進んだ生活を送っていると教えてくれた。僕が世界で最も進んだ生活を送っている場所と聞いた帝都ラッツァルキアよりもすごいのかと尋ねると、叔父さんは「そういう意味じゃない。自然と共に生きているからだ。ムライルという名は連邦が付けた名で、彼らは自分たちのことをル・ラリーラと呼ぶのさ。森の一部って意味だ。」と誇らしげに答えた。
そんな叔父さんの見聞録と、帰郷のたびにくれるお土産は、いつしか僕の部屋と頭の中をいっぱいにしてしまい、旅に出たいという思いが一層強くなった。
しかしそんな思いが僕の頭の中を満たしていけばいくほど僕の苦痛は増していった。