『その娘を放してくれるかしら』
テンペ=ホイフェ=クダグニン共和国副領事を拉致しようとしている武装興信達へ、不意にそんな声がかけられた。
立体帯磁軌道発着場自体は乗降客を中心に大勢の人々でごった返していたが、太子党の威勢を恐れる余り、誰も助けに入る所か船内警備に通報しようとする者もいなかった。
その展開を熟知しているだけに、黒スーツ姿の一団は一様にきょとんとした目差しを声の主に向けた。
『聞こえなかったのかしら。その娘を放せと言っているのよ』
声の主はこんどはより威圧的に同じ台詞を繰り返す。
彼等が向けた視線の先、発着場出入口通路には―巫女姿に黒地に金の縁取りを配した上衣を来た長身の女性が立ち塞がる様にこちらを睨んでいた。
腰まで届く長髪もやや切れ長の両目も上着と同じ漆黒色をしている。
『これはこれは―宗教界からお出ましで』
しかし、武装興信のリーダーに余裕を失った様子は無かった。
彼は両手を広げて尊大な微笑を浮かべ、
『一応敬意は表して置きましょう―ですが余り方々に首を突っ込まない方が賢明と言う物ですよ?』
それを聞いて、宗教界特務・安史那晶子は凄惨なまでの光を両目に宿し唇を閉じた。
リーダーの男はそれを都合良く解釈したらしく、
『知っているでしょう、私達が誰の命で動いているのかを―果たして貴女にそのお方に対峙する覚悟がおありかな?』
そして、貴女にも将来と言う物があるでしょう、出世のレールから外れたくなければ止めておきなさいと、首を左右に振りながら子供をあやすような口調で話を締めくくった。
『口上はそれで終わりかな?太子党の狗が余り調子に乗ってんじゃないわよ!』
しかしそれは晶子を押し止めるのとは真逆の方向へ作用した。
『あなた達が選べる選択肢は二つ―その娘を放してここから立ち去るか、今ここに倒れている二人みたいになるか』
言いながら彼女は足を一歩進め、その姿をみて武装興信の一団は思わず後ろに同じだけ退がった。
『命令する権利はこちらにあるのだけれどね―好きな方を取る余地だけは特別に認めてあげましょう』
すると、彼等はテンペを乱暴に脇にどけて一斉にプラズマ小銃を構えた。
今しがた二人の私服憲兵を始末した代物だ。
『それが答えって分け?分かりました』
溢れんばかりの闘争心に晶子の顔は彩られた!