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学校に着くと、俺達夫婦は、まず始めに職員室へ向かい、
ユウの担任の本橋と言う教師に挨拶をした。
『山田ユウの親です。
うちの息子がいつもお世話になっております。』
『いえいえこちらこそ―――』
40手前の俺より、遥かに年上に見えるその男は、
おそらく教師という職業ではベテランの域に達しているのだろう。
突然の、教え子の保護者の訪問にも、全く動揺する事もなく、
落ち着いた表情で、俺達夫婦を来客室へ案内した。
『ほっほっほ‥‥。
近頃の子供達が、自己表現の下手な子が多い事は、
私どもの頭を悩ませている一因でもありましてね―――』
『それでは、先生は、うちの息子に対するクラスの連中の様々な嫌がらせは、
“イジメ”ではないとおっしゃいたいのですか?!』
ここで引き下がっては、今日ここへ来た意味がない。
まさに、絵に描いたような、“テキトーな教師”が相手ならなおさらである。
『いえ‥‥そうではありません。
イジメる側とイジメられる側の意識の違いに目を向けてみますと、
その行為自体を、
イジメる側は、“イジメ”と認識していないのに対し、
イジメられる側は、“イジメ”と認識してしまう。
そういう例は、幾つか拝見させて頂きましたが、
子供同士のイジメ問題とは、まさにその程度の単純なものが多いのですよ。』
担任の本橋の話を聞き、俺は絶望的な気分に陥った。
おそらくこの教師には、正義感などというものは無いのだろう。
バカバカしい。
さっきから1人で熱弁する自分が情けなくなった。
こんなクソみてぇな教師に、自分の息子を守ってもらえる訳がない。
クソみてぇな上司に、クソみてぇに扱われてきた俺だから、
クソみてぇな教師や生徒から、
クソみてぇに扱われている息子の気持ちを考えると、
はらわたが煮えくり返る。
その時、俺はある行動に出ようと考えていた。
感情的になりかけていた気持ちを、ひとまず落ち着けようと一呼吸おき、
隣に座るユキエに目を向けると、
そこには、
今まで見た事のない険しい表情で、本橋の顔を睨みつけている妻の姿があった。