ウェーティング・サークルへ向かう哲哉のと入れ代わりに、先頭打者の小早川がすごすごと戻ってきた。
彼はベンチにはいるなり、仲間達に頭をさげる。
「……面目ない」
肩を落とす小早川に、八雲は笑顔で話しかけた。
「初打席なんだ、打てなくたってしょうがないさ」
二番打者の遠山も呆気なく三振に終わり、哲哉は早々と打席に立つことになった。
その哲哉が狙っていたのは初球だった。
一、二番を簡単にしとめ、気分をよくしたバッテリーがストライクからはいると読み、その出鼻を挫くことで流れを引き寄せようと、彼は考えていた。
読み通りに相手がストライク・カウントをとりにくると、哲哉はそれをセンター前に弾き返して次の大澤に繋いだ。
その大澤に、鈴工バッテリーは余りにも不用意な一球を投じてしまう。
哲哉のクリーンヒットによって投球リズムを崩された鈴工バッテリーは、初球こそはずしてきたものの、二球目はボール先行を嫌ってストライクをとりにきた。
その甘くはいってきたストレートに、電光石火の一振りが牙を剥く。
球場に金属バットの快音を轟かせ、右中間に高々とあがった打球は、空席の目立つ外野席上段を直撃していた。
先制点をたたきだし、淡々とベースをまわる大澤。
その姿を、八雲は眉をひそめて見つめていた。
「……あの人、敵じゃなくてよかったなぁ」
五番の八雲もヒットで出塁するが、次の鈴木が内野フライで打ち取られ、初回の攻撃は二点で終った。
二回表、哲哉が警戒する鈴工の四番打者、石塚が打席に立つ。
一見優男風に見える石塚に対峙する八雲は、その瞳の奥に秘められた強い意志を感じとり、笑顔をうかべていた。
『驚いたな、ありゃ相当な野球好きの目だ。
ここはてっつぁんの指示に、素直に従った方がよさそうだな』