ここの男は西沢英良(えいら)
とにかく彼は賢い。高校二年の中では英良は県内では敵なしの成績、特に数学はいまだに満点以外はとってない上、他の教科もまあまあの出来。テニス部で運動も人並み以上は出来る。英良の家庭には共に警察官の父と母、そして高一の妹、英莉の三人が彼の他にいる。仲はいい方だ。
そんな英良の毎日に異変が訪れる。
五月の終わりの昼休み、英良は久しぶりに出会った数学の難題に頭を悩ませている。
「ふむふむ、これがαになって…あれ?こっちはαの式じゃないのか…?うわ、また破綻した。面白いなぁ。」 難問に出会うと燃えるのが賢い奴の証だ。それがいかに解きにくい問題でも、だ。
そんな英良を後ろから見つめる生徒が一人。そのポケットから鳩を模したキーホルダーが出ている。あれが噂の比嘉か、と小声で呟き歩き去った。
その日の放課後、英良は昔なじみの友人でダブルスの相方、片桐真を探していた。真はテニスの腕は抜群で成績も国語においては英良も及ばないという、万能な男だ。そんな真が練習に遅れているのだ。一度たりともそんなことなかったのに。
「真め、教室にも更衣室にもいないなんて。ズル休みしたのか?…な訳ないな」
下駄箱にはまだ真の外ズック。まだ中にいる、と英良は図書室へ向かった。
「真、っ!」
真はいた。彼の片手にはガットの引き裂かれたラケット。
「英良、悪かった。なんせこの様だ…」
彼は切り裂かれたラケットを英良に突き出した。
「まさか自分で?」
「バカ…んなわけないだろ。」
英良はこういう時に限り天然ボケ発言をするのだ。
「おまけにキュートな鳥をグリップに止まらせやがって。」
グリップのテープには白いインクで鳩が書いてあった。