それは思い出してはいけない感情だった。思い出さないためにこそ、姉がいない場所へ、家族や友達、その他すべての人々がひしめく“真セカイ”から逃げ出して、“子供のセカイ”へとやって来たのだ。
そして覇王から計画を聞かされた。舞子が本当の意味で「幸せ」になるための計画を。
(そうだ。だから私は、どんなに寂しくても家へは帰らなかったんだわ。)
母に会いたかった。悲しい思いをするたびに慰めて欲しくてたまらなくなって、何度も枕に顔を押しつけて泣いた。
それでも。それでも、どうしても“子供のセカイ”にいなければならない理由があった。
この嫌な感情と決別するために。状況を変えるために。
そして今、そんな必死な舞子を止めようとする者は、嫌な感情の原因になっている人物、ただ一人しかいない。
舞子はうつむくと、視界に入った膝の上の白いドレスをぎゅっと強く握り締めた。
その瞬間、呆然と気力をなくしていた心に、淀んだ熱の塊のような怒りが込み上げてきた。
(私は、必ず幸せになってみせる。お姉ちゃんに邪魔はさせない……!)
皮肉なことに、舞子をのけ者にして事を進めようとした覇王の行動が、しぼんでいた舞子の心に再び火を灯した。
「覇王!」
「え?……あ、ああ。」
いつになく張りつめた舞子の声に、覇王は思わずたじろいだ。ようやく舞子の方を見ると、とても暗い瞳をしていて、覇王は内心息を呑んだ。
「今まで何があったのか、きちんと全部話して。それと、私に何ができるのか。早くお姉ちゃんを捕まえるためにも……。」
舞子は淡々と言った。覇王は一瞬耳を疑ったが、少女の揺るぎない態度を見て、端正な顔にゆっくりと笑みが広がっていった。
「……ああ、もちろんだ。やろう、一緒に美香を捕まえよう。計画の達成のためにも!」
覇王は、己が想像主との初めての意見の一致に、高まる気持ちを抑えることができなかった。
その時、割れた丸窓から最初の朝の光が零れ落ち、三人の髪を金色に縁取った。
“子供のセカイ”の中心、ラディスパークに、新たな一日が訪れようとしていた。
* * *
「いたか?」
「いいえ、どこにも。あの子が隠れそうな所は全部探したつもりなんだけど……。」
「てことは、あいつ、家に帰ってないんだな。」