「母さん、雪月花、俺今日晩メシいらないーっ!」
玄関口からお兄ちゃんの元気な声が響く。
「え〜〜〜っ。なんでぇっっ!もう、作っちゃったよ!?」
キッチンから続く玄関先に顔を出して、声の先を確かめる。
そこには「悪ぃっ」と、手を合わせるお兄ちゃん。
「生徒会のメンバーが腹減ったって騒ぐもんだからさ、途中でファミレス寄ってきちゃったんだよ。ホント、ごめんっ」
もう一度、パンっと手を合わせて頭をさげる。
「いいのよ、お兄ちゃん。そんなに謝らなくても。雪月花ちゃんも、ホントはそんなに怒ってないんだから」
「ね?」とママが後ろからパタパタと近づいて来る。
「でも、ママ。お兄ちゃんこの頃多すぎっ!ウチの約束、守ってないじゃん!!ママもパパも仕事が忙しくて、なかなか時間合わないから、居るときは一緒にご飯食べようねって!!………ママだって夜勤明けにそのまま日勤こなして、疲れて帰って来てるのに、お兄ちゃんやパパの好物作って待ってたのに!だったら、連絡の一本入れるべきだよ!」
「信じらんない!」と私はきびすを返して、キッチンに戻る。
その後ろで、ママがクスクス笑ってるのが聞こえた。
「いつまでもお兄ちゃんっ子で、困ったわね?あれね、結局は疾風君に離れちゃ嫌サインなのよ?」
「〜〜〜〜っ!ママっっ!!?」
振り向いて、もう一度文句を言おうとした。
余計なコト言わないで、と。
口を開き掛けて、言葉を飲み込んだ…。 私の瞳に飛び込んできたお兄ちゃんの瞳に、影が見えたから。
滅多に見ない、そんな表情にびっくりして、何も言えなくなる。
「……お、兄ちゃん…?」
ポツリと呼び掛けると、はっとしたようにお兄ちゃんは表情を作る。
「どうか…したの?」
「なんでもないっ!あ〜、俺、疲れてんのかな?母さん、ホントごめんね?俺、部屋でちょっと一眠りするわ。あ、俺の分のご飯取っといて?後で食べるから」
そそくさと、まるで何かから逃げるように、お兄ちゃんは部屋の中に入っていってしまった。
「じゃあ、パパもそろそろ帰って来る頃だから、今日は三人で晩ご飯にしましょうね」
ママはまるで、何もなかったようにパタパタとキッチンに戻っていく。
私はお兄ちゃんのあの瞳の影が、気になってしかたがなかった