先生への事件の報告が終わった時にはもう辺りは暗くなっていた。英良はくたびれていた。下校時にパトカーが学校の駐車場に止まっていた。まさかガット切り裂き事件が警察沙汰になったのではあるまいと思いつつ、英良も真も別々に帰宅した。
家に帰ったら両親はまだ帰っておらず、英莉と、その同級生でテニス部の後輩の宮地がいた。二人は深刻な表情で英良を見つめた。彼は状況が把握できず、しばらくの沈黙のあと口を開いた。
「何のつもりだ。英莉も宮地も…」
英莉はあきれた顔をして、空気の読めない人間を見る目で英良を見た。兄妹の意味のない気まずいムードを宮地は何とかしようと、英良に訳を話した。
「先輩、高校でパトカー見ましたよね?」
「ああ見た。それがどうした。」
「俺の友達が市内で覚醒剤を別の生徒に売ってて捕まったんです。」
ここのところ高校生中心の覚醒剤の売買が急増していると父がいってたのを英良は覚えていた。
「お前、買ったのか?」
「…冗談キツいですよ。俺貯金してるからそんな金ないし、あっても買いません。買ったのは英莉の友達です。」
英莉がさっきからだまりがちなのはその為だと英良は察した。
「…友達って、彼氏か?」
「だから俺は買ってませんてば。」
「じゃ女友達か……ってお前らつき合ってんのかよ。」
英莉は少し目を潤ませながらも兄をにらんだ。友を失った悲しみと、こんな時に恋心を知った逆恨み的な怒りを英良は汲み取った。
「ところで先輩、誰かにいじめ受けたりとかしませんよね?」
唐突な宮地の質問だった。いじめといえばガット切り裂き事件だが、英良はいじめの被害者ではない。
「っていうのも、俺らの高校の生徒が市内の高校生への覚醒剤の売買仕切ってるらしくて、必要な人材とかを強制的に群れに取り込むらしいですよ。」
「それがどうした。俺がスカウトされるとでも?」
「兄ちゃん、アホの群れは賢い奴を欲しがってる。だから兄ちゃんが狙われてもおかしくない。」
事件が他人ごとじゃないと英良に知らせたのは英莉だった。
しかし英良は自分よりも真が心配だった。いじめの残忍性といい、真をそいつらが狙っていることも十分あり得る。真が危ない…それがその日一番の解決しがたい難題であった。