「‥お兄ちゃん、お兄ちゃんってば…」
甘い声が、聞こえる。
甘えるように‥ちょっとだけ、ふくれたように。
俺を呼ぶ声。
毎朝俺を起こそうと、悪戦苦闘する俺の妹。
本当は、彼女が起こしに来る前に、いつも目は覚めている。
それでも起きないのは…寝たフリを続けているのは、ひとえに彼女に少しでも触れていたいが為。
「…ねぇ、お兄ちゃん…」
今朝も時間ギリギリに起こしに来た彼女。
困った様にウロウロ。
「っっっもぅっ知らないからねっっ!?」
――あぁ…とうとうヒス起こしたか………。
いつものように、俺をひと叩きして部屋を出て行く。
俺はベッドから起き上がり、こっそり笑いを噛み殺す。
「…知らないからね…か。知らないのはどっちだか……」
そう。
知らないのは彼女‥雪月花。
俺の本当の気持ちも、自分が今、どんな目で兄の俺に見られているのかも。
「…はぁ〜…ヤバい‥よなぁ…。あと少し。あと少し…来年の今頃は…」
独り言ちて、自分で落ち込む。
そう。
後、数ヶ月もすれば、俺も雪月花も受験一色になる。
夏が過ぎて、秋が来て、冬が来る。
来年春になれば、自然、別々の大学に進学。
そう決めて、今、頑張っている。
「雪月花の為だって、決めただろう………?」
自分に言い聞かせる様に呟いて……けれど、視線は未練がましく彼女の消えた、ドアの向こうを追い掛ける。
「女々しいったらないよなぁ…………」
……うわーーっ!と、声には出さずに髪をぐしゃぐしゃと両手で乱す。
はあ〜…と盛大な溜息を付き、ふ、と鏡を見ると、情けない顔をした自分がいる。
――知られたらいけない。知られたい。知ってほしい……。
毎日が想いの繰り返し。
愛しい…切ない…苦しい……苦しい苦しい苦しい。