彼の作った階段は丈夫だったから、登る上で気を付けることなんて思い付かなかった。足を踏み外さないくらいのことならわざわざ意識するまでもなく自然に気を払っているし、足元ばかり見て前の人にぶつからないようにというならばそもそもここに自分以外の人の姿があるはずがない。
自分は選ばれた人間なのだ。地球上でただ一人、その資格を有している。だが、言い方を変えれば自分は生け贄として選抜された人間なのだ。全人類の義務を押し付けられて。
少年の頼りない痩躯を地上2万メートルの風が撫でていく。短く整えられた髪の先端が耳をくすぐるが、もはや慣れた刺激に反応を返すこともない。
彼がどうやら本当に天国に導かれたらしいことが、「どうやら」も「ほんとうに」も使い様のない前知識皆無の少年にもたらされた情報だった。
天国なんてあるんですか、彼はそんな存在を信じていたんですか、行きたいとか言ってたんですか。どの質問も、声にしたら馬鹿馬鹿しい響きになりそうな気がした。だから口は開かなかった。
初恋の女の子は、抗議しなきゃ駄目ですよと言った。だが多分、それには意味がなかったと思う。複数の国家権力に個人が逆らうことにどんな意味があるというのか。本