初夏のそのひ、私は不意に肩をタタカレタのだ「佐知子さん?お久しぶりです藤原の娘です」仕事を辞めてから五年ぶりの再開だった簡単な挨拶を済ませ店の外に向かうと「待って〜待ってください」と走る葉子さんがいた「これいつかお礼しなくちゃと思っていたから」と大きな熊の縫いぐるみを差し出した…娘は礼も言わずにもう胸元に抱きしめてしまっている。お礼などいらない、当たり前なことをしただけ…という私の言葉を遮り「音信不通だった母の最後が近いから娘さん是非とも来てくださいませんか?」と電話て言われたときには…そりやあ腹がたちました母に。今さらなんなんだよって…でもあなたが何日も丁寧なお電話くださいますから…伺ってみて母の姿をみたら「ズルい〜こんな姿になっちゃったら恨み辛みいいたくたっていえないじゃない」って
…それからは葉子さんは亡くなるそのひまで毎日のようにシメコさんを訪れては対話していました。娘さんやお孫さんまで連れてこられました。いよいよシメコさんの顎が上がり呼吸が止まる瞬間「お母さん」止まる絞り出すような声でも涙を流されていました。シメコさんは安らかな永遠の眠りにつかれました
……わたしにも母を 許せり日がくるのかな、
幼い娘の手を握りながら帰路につくのでした