ああ…。朱緋様。
何故笑わないのです。
何故泣かないのです。
貴方は人間なのに。『人間』には、いろんな感情があると、あの方が言っていた。けれど貴方は感情を示さない。笑っても、まるで作り物のように冷たい。あの方のように、心の底から、微笑ってない。
朱緋様は孤独なのだ、と私を創った創造主は言った。人形のよりも感情がない、哀れな子供なのだと。
そう言えば、朱緋様には親族がいない。
いるのは機械人形の私と、…『あの方』だけ。
ずっと眠ったままだけれど、まだ生きている…。
ああ。またこんなことで動きを停止していた。
紅茶が冷める、早く持って行って差し上げなければ。
朱緋様はいつも書斎で書き物をしていらっしゃる。私には理解出来ない、難しい文章を書かれているのだ。
『…お茶をお持ちしました、朱緋様。』
ゆっくり扉を開ける。
ペンを走らせるカリカリという音だけが響いていた。
「唖沙羅か。そこへ置いとけ。忙しい」
文章を書かれている時は、作文用紙をずっと睨んで顔も上げない。
目が悪くならないのだろうか。
『…今日はアールグレイです。お茶請けはカステイラです』
「…カステラだろ。お前の言語録は文明開花が来てね―のか」
『…唖沙羅はこれでも三百年動いております。』
『核』さえ壊れなければ、機械人形は永久に動き続けることが出来る。
私は一度『壊れた』が、朱緋様の父君の手によって新しい身体を与えられた。えらく、浮世離れした姿にされたが。
白い髪に、蒼い瞳。
南蛮の蒼い瞳の人形を摸しているのかもしれない。
「…へえ。じゃあ、サムライ見たことあんだ?」
侍?…ああ。
『…『カタナ』を持った人間ですか。…あれは、もう千年前です。…私の時代にはいません』
そんなこと、わかっているでしょう。
それに、
『…文章を、紙に書くなんて…、朱緋様も、随分古風ですねえ』
今、紙を使う人間なんてごくわずか。歴史家か好事家くらいだ。
「…ほっとけよ。機械は嫌いなんだ」
…命を狙うのが機械なら、その身を護るのも機械人形とはね。