「もしもし!岩村です。」
気持ち悪いくらい よそ行きの声になっていた
同時に汗が噴き出してくる
「おぉ、どうした?」
彼の優しい応答に胸がときめく
「何となくかけてみたんだけど、今大丈夫?何かしてる?」
「今ね、友達んちで勉強してる。」
「なら、邪魔したね、ごめん。」
「いいよ。勉強って言いながら話してるだけだし。」
彼の一言一言にときめきが止まらなくなる
やめてほしい…
「そっか。ごめんね。」
「いいよ。」
次の言葉が出てこない
『何か話さないと』焦る一方だ
「あのさ、今度一緒に勉強しない?」
「いいよ、いつにする?」
そんなこと言うつもりはなかったからまた返事に詰まる
「あぁ…えっと…分からない。」
『なんだそりゃ、自分から誘っといて』
彼は笑った
「いつでもいいよ。岩村さん決めて。」
「なら、来週の日曜日。」
「オッケー。どこで?」
さすがに家ではできない
三年生は受験シーズンということもあって休みの日でも学校の進路資料室や教室を自由に使って勉強をしていいようになっていた
「学校で。」
「分かった。何時に?」
彼の返事は早い
何も決めていない私は一回の返事に困る
「あんまり早いときついだろうから、一時くらい。」
「なら一時くらいに着く電車で行くから駅で待ってて。」
彼は学校まで電車通学
私は学校まで徒歩十分くらいの距離だった
「じゃあ、来週の日曜にね。勉強がんばって!」
「おぅ、またね。」
電話は無事終了
深く溜め息をついた
初めて男の子に電話しただけあって心臓の音がうるさいくらいに大きく鳴った
『約束しちゃったよ…』
ラジオさえも耳に入らなくなった
次の日から彼と廊下ですれ違うと少し微笑み合うようになっていた
「いや〜!朋美、熊崎くんと今目合ったよね!しかも何か違うし。」
ヒロコがいちいち私と彼の行動に口出すようになった
でもそのからかうヒロコの言葉が妙に嬉しかった
「日曜に一緒に勉強するんだ。」
「勉強?遊びに行かないの?」
「今はね。受験もあと少しだし。」
「真面目だねぇ。」
真面目なんかではなく それしか誘う口実を思いつかなかっただけだ
しかもまだデートなんて恥ずかしいし緊張する
ただの小心者でまだ一歩を踏み込む勇気がないだけのことだった