ミルバは緩く首を横に振りながら言った。
「私は君達と一緒にはいられない。覇王の動向を探らなければならないし、情報を撹乱させる仕事もある。」
「それに、」と、ミルバは続けた。
「そうしなければ、君達に合図が出せないだろう?」
「合図……?」
美香は眉を寄せた。一体、何のことを言っているのだろう。
ミルバは美香を真っすぐに見上げた。
「もちろん、コルニア城に突入する最適の時期を見計らって、私が出す合図だ。」
「!」
美香は目を見張った。
耕太はいまいちよくわかっていない様子で、「どういうことだよ?」と顔をしかめている。
美香はそんな耕太を無視して、また洋館にいた時のようにミルバの身長に合わせてしゃがみ込むと、子供の緑色をした神秘的な瞳を、覗き込むように見つめた。
「……つまり、またあなたが囮になって、今度は覇王をコルニア城の外へおびき出すということ?」
「そうなるね。そして覇王がいない隙に、君達は城へ侵入し、捕まっている最後の『私』を救出した後、舞子との接触を果たす。」
美香はフローリングの床に目線を落とした。またミルバにつらい役を任せなければならないことに、心が痛んだ。しかしミルバの言うように、それしか方法はないのだろう。
耕太にもようやくわかったようで、椅子に腰掛けたまま、腕組みをして美香と同じように表情を曇らせた。
「でも、お前一人で大丈夫なのかよ?覇王ってめちゃめちゃ強いんだろ?」
「これは勝ち負けの問題じゃないんだ、耕太。大事なのは覇王と舞子を引き離す事、その一点に限られる。」
ミルバは二人に背を向けながら、最後に言った。
「今日の夜には、一旦この家に戻る。時間があるようなら、城に侵入するのにどんな方法を使うのか、考えておいてくれ。」
そうしてすたすたと歩き始めたミルバの小さな背中に、美香は追い縋るように声をかけた。
「ミルバ、一つお願いがあるんだけど。」
「……手短にしてくれないか。」
今度は振り返りもしないミルバに、美香は強張る心臓を感じながら、それでもはっきりした口調で言った。
「強制労働施設にいるはずの、王子とジーナの様子を見てきてほしいの。頼めるかしら?」
「助けることはできないけれど、それでもいいのなら。」
固い表情の耕太が見守る中で、美香は唇を噛み締めたまま、無言で頷いた。