ノアはいう。
ハクが極めたサイレントオーヴと、彼女が身につけたバーニングオーヴは表裏一体であり、それぞれが陰と陽に傾きやすいと。
そして、サイレントオーヴを極めた者が一度陰に傾けば、それは国の滅亡を意味するのだと。
何故ノアがシャンバラやハクの事を自分に話したのか、半次郎は理解した。
ハクと同じサイレントオーヴの使い手である自分が、同じ轍をふまぬように忠告してくれたのだと。
さらに半次郎は思う。
乱世に混迷するこの国の未来に、彼女は救えなかった祖国の情景を重ねているのではと。
「ワタシはハクの殺戮をとめようとしたが、オーヴを極めたヤツには太刀打ちすらできなかった。
……見ろ」
ノアはそういって左肩をはだけさせた。
その白い肌には、剣で貫かれた痕がくっきりと残っていた。
「科学者達が目の色を変えた血をもってしても、この傷を完治させることはできなかった。
ハクが剣にこめたオーヴは、それほどに禍々しいものだった」
身なりを正したノアは、正対して半次郎をみた。
その瞳に曇りはなく、初めて出会った頃の凛とした輝きを取り戻していた。
僅かな時間ではあったが、半次郎は必要なものを学び、迷いを払拭していた。
それを確認した彼女は別れを決断する。
「シャンバラを滅ぼしたハクは国の機密を持ち出し、そして姿を消した。
ヤツが何を画策しているのか解らぬが、いずれ禍となって現れるのは明白。
ワタシはその前にヤツを見つけ出し、葬らねばならない」
半次郎はしばし無言でいた。
自分にはやらなければならないことがあり、ノアにもそれがある。
それは、二人が同じ時間を過ごせぬことを意味していた。
「……甲斐の国に残る通路はあと一つ。
それを塞ぎ終えたら、互いの道に戻らねばならないのですね」
別れの時が近い事を知り、半次郎は名残惜しむ気持ちを表面にうちだしていた。
「オマエとワタシとでは歩む道が違う。
オマエは地上で時代の奔流を歩むがいい、それが半次郎の名を引き継いだオマエの宿命だ」
ノアはそういって微笑んだ。
二人は一路、富士の裾のにひろがる樹海をめざし、歩み始めた。
その地でまつ、運命という残酷な意思に導かれて。