虚をつかれたヒットエンドランに、鈴工サイドは顔色を変えた。
だが、いざ八雲が打球をとばすと、一転して哲哉の方が顔色を変えていた。
「うわっ!」
三塁を目前にしていた哲哉は、舞い上がった打球を目にして急停止した。
ヒットエンドランをやる場合、打者は打球を転がすのが鉄則である。
しかし八雲は、それに反して高々と打ち上げていた。
それを外野手がダイレクトで処理してしまえば、哲哉までアウトに成り兼ねない。
急停止した哲哉は、打球を目でおいながら慌て二塁にもどる。
だが、足を数歩すすめただけで立ち止まり、唖然として打球を見つめていた。
初夏の青天に高く舞い上がった打球は天空を駆け抜け、白い軌跡をえがきながら観客達が見守るレフトスタンドへと飛び込んでいったのである。
飄々とダイヤモンドを一周する八雲。
三塁をまわったところで彼は、本塁後方で自分をまつ大澤と哲哉の存在に気付いた。
「約束は守ったぜ、大澤さん」
本塁ベースを踏み終えた八雲がそういうと、大澤はフッと笑って右手を持ち上げた。
すれ違いざま、八雲がそれに右手をぶつけると、乾いた音が周囲に鳴り響く。
続いて哲哉が、小言で八雲を迎え入れる。
「ヒットエンドランの時は転がすのが常識じゃないのか?
ホームランになったからいいものの、外野フライだったら俺までアウトになってたぞ」
「あん?
ヒットエンドランって、ヒット打ったら走れって事じゃねぇのか???」
真顔で問う八雲に、哲哉と大澤は脱力していた。
ずば抜けた八雲の野球センスのせいで忘れがちだか、彼の野球時間はつい最近まで止まっていたのであり、その間に哲哉が蓄積してきた野球知識は、当然の如くないのである。
試合はすすみ五回表、八雲は再び石塚との対戦をむかえていた。
この勝負に際し、哲哉はある試みを画策していた。
それは、石塚から意識して三振をとることである。
球筋を見極めてミートする石塚のバッティングスタイルは、奇しくも成覧の四番である奥村と同タイプであった。
その石塚との対戦は、対奥村の試金石になると哲哉は考えたのだ。