「いくらある」
明彦がぶしつけに聞いた。
「兄貴の遺した財産は、いったいいくらあるんだ」
「動産、不動産もろもろを全て合わせますと、約ニ百八十億円というところです。
「ニ百八十…」
深雪が言葉を呑んだ。
その金額は、誰の想像をも大きく上回っていた。
「滞在に異論はございませんね」
鹿島が澄まして言う。
勿論、異議を唱える者はいない。
「何も聞いてなかったから、着替えがないわ」
孝子がぽつりと言った。
鹿島は大丈夫というようにうなづく。
「着替え、その他必要と思われる物は、各部屋に全て用意してございます。
もし足りない物がありましたら、なんなりとお申し付けください。
すぐに用意するようにいたします。
滞在期間中は決して不自由をおかけする事はないでしょう。
生前、雅則様からも強くそう言いつかっておりますので」
「あんたに俺の洋服のサイズが分かるのか?」
明彦が挑戦的に言う。
「全て事前に調べてあります。
サイズと、そして好みも」
「下着の好みも?」
深雪が面白半分に聞いたが、予想に反して鹿島は平然とうなづいた。
「あの…
遺産相続についてですが…」
喜久雄が言いかけたのを、鹿島は手で制した。
「その事につきましては、今晩夕食の後に話し合う事になります。
それまでは部屋でゆっくりとお休みください」
鹿島はそう言ってから、右側にあるドアを手で示した。
「ここが食堂になっています。
夕食は六時からです。
服装につきましては、堅苦しい事は申しません。
ではその席で、またお会いする事にいたしましょう」
鹿島はそれだけ言うと深く頭を下げ、食堂のドアを開け中に入り、そしてドアを閉めた。
その時ドアの内側に、黒い物が下がっているのがチラリと見えた。
この屋敷の入り口のドアに掛かっていたのと同じ物だった。
雅則の笑っている顔を模写した金属製のあれであった。
ホールに残された五人は、無言のまま中央の階段を上がった。
そして、三人は右へ、孝子だけが左へと別れた。