明彦は金色の金具で1の付いた部屋に入った。
ワンルームを想像していた明彦は、ドアを開けた瞬間やや戸惑った。
十ニ畳ほどの広さの部屋で、やはり基調は落ち着いたアイボリー。
窓を大きく取ってあるせいか全体に明るい。
ドアのすぐ右にホームバーのカウンターがあり、カウンターの奥の棚には、いろいろな銘柄のウイスキー、ブランデー、あるいはジンリキュール類などがびっしりと並べられている。
部屋の中央よりやや奥に応接セットが、そして左奥の隅にテレビモニターとビデオがある。
左の壁の中ほどに、もうひとつドアがあり、それがベッドルームとバス・トイレにつながっているらしい。
明彦は早速バーの中の棚の前に行き、しばらく眺めた末シーバス・リーガルの十ニ年物を手に取った。
そして振り返った時初めて気が付いた。
部屋のドアの内側に、例の黒い金属で出来た、笑った顔が下がっているのに。
友子がニ号室のドアを後ろ手で閉めた時、小さな悲鳴を上げた。
「どうしたんだ?」
そう言って駆け寄った喜久雄に、友子は指でそれを示した。
黒い金属の笑い顔。
「何かしら、これ。
食堂のドアの中にも掛かってたのよ。
なんか気味悪いわ」
「こんなの気にするなって。
おまえは会った事がないから知らないのも 無理ないが、雅則って奴は呆れるほど変わり者だったんだ」
「そんなに変人だったの?」
「それでなきゃ、こんな山奥の屋敷に一人で住んでるわけないだろ」
「じゃ、遺産で生活してたのかしら?」
「いや、どうもそうじゃないらしい。
本を書いてたって聞いた事がある。
もっとも、僕もあまりよく知らないんだけどね」
そう言いながら、応接セットのソファーにごろりと横になった。
「ねぇ、ウイスキーかなんか飲む?」
友子はそう聞きながら、珍しそうにホームバーの中に並んだ酒を見ていた。