「あっ、待って下さいよぉ!」
私は走り出した先輩の後を追いかけた。
そして、今まさに追い付こうとした時だった。
「おい」
「何ですか?今急いで…」
そう言って振り返ると、声の主は
明らかに私の知らない人物だった。
肩までの、長い髪の男。
顔立ちを確認するどころじゃなかった。
私の目は、彼の左頬の、ある物に奪われていた。
十字型の、大きな傷痕。
この人、カタギじゃない…!
命請いをする余裕などなかった。
足がすくんで、動けなかったのだ。
そして彼は物凄い勢いで私に迫り、
右手に持っていた銀色に光る『それ』を、
私に突き付けて…
って、よくよく見ると、鍵の束だな…
「落とし物」
「あ、ありがとうございます…」
私は手を伸ばして、それを受け取った。
「本当、変わり者だよねぇ」彼が立ち去ってから、
戻って来たらしい先輩が、ぼそりと言った。
「遅いから迎えにきたよ。あの
傷の原因でも考えてたの?」
「どうして、わかるんですか?」
「アンタの事なら、すぐに解るよ。
それより、早くしないと、本当に遅刻だよ?」
「あ、はい…」
先輩に急かされ、私は今度こそ
サークルの場所へ急いだ。
「どうしたの、リーナ?
完璧に遅刻じゃん?」
どうにか時間に間に合ったダイアン先輩は、
五分遅れでやってきたその人物に向かって、
そう言った。
「何よダイアン、あんただって
遅刻ギリギリのくせして。
気にしないで、そこ座んな」
そう言いながら、笑う声が聞こえた。
私は、そう言われて座ったリーナの
姿を観察してみた。
白いシャツにスカート。
つやつやの金髪をシニヨンにして、
ピンクのフレームのメガネをかけている。
(これがおしゃれに見えるんだから、
不思議よね…)
「そうそう、今日集まったのは、
他でもない打ち上げのことなんだけど…」
「ソフィー、あんたは確か無理でしょ?」
「ええ、例のレポートの件で、
もう一度行かなきゃいけませんから…」
例のレポート。
宿題として、政治について調べる事に
なっていた。
大統領の秘書に直接話を聞くと言う
素晴らしい事が出来たが、
大統領が亡くなってしまったので、
ちょうどサークルの行われる日に
その秘書さんからまた会う約束を取り付け
られていたのだった。
サークルへ行けないならこれ以上話す
こともないので、私は直ぐに帰ることにした。