彼も足を止めた。
「賭けに応じなければ二人とも殺すと脅されて、俺は賭けに応じた。1ヶ月の間、先程の条件の中で逃げ切る事が出来れば、裁判を受け、身の潔白を証明させてもらえる。が、捕まれば…」
彼はこちらを振り向き、首をカッ切る素振りをした。
「あんた、これから、どうするつもりなんだ?」
「どうする、って…」
どうしようもない。
このままでは、私は、捕まって、きっと…
でも、それは、『このままでは、』の話だ。
私は彼を見た。
さっき、助けてくれたのは、ただの気紛れ。
そんな事したら、彼に迷惑がかかるだけ…
それなら…
「自首するわ。
このまま逃げてたって、どうせ捕まるだけだから」
ゆっくり頭を下げて、くるりと振り向いた。
「本当に、それでいいのか!?」
大声を出すな、と言っておきながら、彼は叫んだ。
「あんたがそれでいいって言うなら、それでいい。
でも、俺は、あんたと一緒に、逃げる覚悟が出来てる」
彼は、歩み寄って来て小声で続けた。
「俺はあいつらにさせられた賭けに、どうしても勝ちたい。後悔させたいんだ。俺には、絶対にあんたを守れるって保証はできない、逃げ切った後の生活がどうなるかも解らない。でも、もし信じてくれるなら…」
私はもう一度彼を見た。
驚くべきものだった、私が見たものは。
「俺は、あいつらの駒として終わるつもりはない、
終わらせるつもりも。だから…」
彼は私に、頭を下げていた。
「俺に、協力して下さい」
頭を下げたまま、彼は右手を差し伸べた。
「ずるいな。そんな…」
彼の手を取った。
「断れるはず、無いじゃない…!」
彼は、やっと顔を上げてくれた。
その目は、決意の光で輝いていたようだった。
「私は、多分知ってると思うけど、ソフィア。ソフィア・ルーセントって言います。」
少しずつ場所を変えながら、私は彼に自己紹介をした。
「あなたは?」
「…アルファ、…」
「アルファ?」
「アルファ・カーマイン」
「へえ、変わった名前ね」
そんな名前、聞いたこともなかった。
まさか、αって記号で書くんじゃないわよね、
などと、何とも呑気に考えていた。
だから、彼の秘密など、知るべくもなかった。
彼との出会いは、
ほんの始まり。
これから、始まるんだ。
『最後の逃亡劇』は…
-The Last Escape
第一章へ続く-