明彦と喜久雄はすぐにベランダに興味を失い、再びリビングルームに戻った。
明彦は勝手にホームバーのブランデーを飲み始める。
喜久雄はソファーに座り、何か考え事をしているふうだ。
その時、入り口のドアの下のほうで、カタカタと小さな音がした。
今まで誰も気付かなかったが、ドアの下の部分に、縦横十五センチほどの観音開きの小さな戸があった。
それがゆっくりと向こう側から開き、猫がひょいと顔を出した。
「あら、あの猫」
孝子が言い、リビングルームに戻ってきた。
友子と深雪もそれに続 く。
五人の視線が注がれる中を、赤い首輪の猫はゆうゆうとした足取りで部屋に入ってきた。
小さな観音開きの戸はバネ仕掛けになっているらしく、猫が通り抜けると、すぐに閉じて閉まった。
「なんて名前だったっけ、この子」
と友子。
「確か、パブロよ」
孝子が応える。
猫は五人の顔を一通り見上げると、さっさとソファーの上に行って、丸くなってしまった。
「この猫が二百八十億の鍵なのね」
深雪がパブロを見ながらつぶやいた。
「猫に小判とは、この事だな」
明彦が言う。
五人がぞろぞろと食堂に戻った時、鹿島は一人でウイスキーを飲んでいた。
「いかがでしたか?
何か収穫がありましたか?」
喜久雄が首を振る。
「ガッカリなさる事はありません。
まだゲームは始まったばかりです。
それよりも、何かご質問は?」
「今は特にない」
明彦が代表する形で答えた。
「そうですか。
それでは今夜はもう遅いので、失礼させていただきます。
明朝の食事は八時です。
この食堂までお集まりください」
鹿島がそう言い終わった時、柱時計が十二時を打った。
第一日目の終了の合図だった。