「兄は何て言ってた?」
「単なる遊びだと。
それ以上は、何もおっしゃいませんでした」
「ふぅん、
何も言わなかったの…」
深雪はしばらく考え込んでいたが、煙草を灰皿に押し付けると、鹿島を見上げた。
「ねぇ、鹿島さん。
こっちに座らない?」
声の調子が、さっきとはだいぶ違う。
女性の武器のひとつである、いくらか鼻に掛かった甘い声。
そして、甘い物ほど体には悪いのだ。
「私はここで結構です」
鹿島は毅然とした態度で言った。
その答の意味を、深雪は理解したはずだった。
しかし、簡単には引き下がらない。
「ねぇ、そんな怖い顔しないで…
あたしに協力してよ。
あなたの知っている事を、全部教えてよ。
兄さんから、何か聞いてるんでしょ?
もし協力してくれたら、あたし…」
「職業病ですね」
「なんですって!」
「あなたは六本木の高級クラブで、ママをしていますね。
ただし、雇われママだ」
「それがどうかしたの!」
深雪の言葉には、すでに愛想の欠片もない。
「ここはあなたの仕事場ではないし、私も客じゃない。
誘惑ごっこは、お店に帰ってからなさるといい」
「何よ、その言いかた!
ずいぶんと恥をかかせてくれるじゃない!」
「あなたはお金のためなら、何でもなさるのですか?」
「ふん!
はした金だったら、手も握らせないわよ。
でも二百八十億よ!
二百八十億のためなら、魂だって売るわよ!
それがいけないの?」
「私は何も知りませんし、誰とも協力しません。
私の立場は、このゲームの審判員ですよ」
「なにがゲームよ、こんなの!」
深雪は吐き捨てるように言った。
「ちょっと!
ボーっとしてないで、早くビデオテープを出したらどうなの!」
鹿島が二本のビデオテープを手渡すと、深雪はさっさと部屋を出て行った。
その際、ドアを叩きつけるように閉めるのを、決して忘れなかった。
ドアの内側の金属製の笑い顔が、左右に大きく揺れた。