政虎が武田との同盟を口にすると、あらかじめ知らされていた直江影綱以外の家臣達は、一斉に難色をしめしていた。
川中島でそれを蹴った信玄に、なぜにまた申し込む必要があるのかというのが、家臣達の心情だった。
さらに政虎が同盟条件の草案をのべると、席上の困惑は増大していた。
上杉家が武田家の風下にたつことに不満をもつ者、単に武田との同盟を毛嫌いする者、理由はそれぞれであったが、場は雑然としてまとまりを欠いていた。
政虎は、無言で家臣達の様子を観察していた。
その政虎が機を見計らって開口すると、皆が主の言葉に耳目を集中させてた。
「上杉の家が存在する意義は、戦国の世に秩序を取り戻すことにあるのだと、わしは考えておる。
仮に武田との同盟で上杉家が滅ぶ結果になったとしても、その先にあるのが夢にも戦を見ぬ世なら、それこそ本望ではないか」
そういって、政虎は微笑んだ。
軍神と崇められた男の笑みに、家臣たちは互いに顔を見合わせ、そして強く頷いた。
確かに政虎のいう通りであると。
一同は腹を決めた。
今まで同様、これからも政虎を信じてついてゆこうと。
かくして、半次郎を盟主とする上杉と武田の同盟策は、政虎の意思から上杉家の意思へと変わり、実現にむけ動き出すこととなる。
この同盟策が実現すれば、今後の情勢を大きく揺るがすことになるのは明白でであった。
だがそれも、信玄から送らてきた返信により、机上の空論となってしまう。
その簡潔にまとめられた親書の中で、信玄はいう。
武田三郎信之(武田家での半次郎の名)は死去した故、この同盟案は実現不可能であると。