義之は夢中で走った。
やがて固い地面が消えうせ、
泥が纏わり付くような感触が足裏に伝わった。
機敏な動きを封じられながら
義之は足を進めた。
「このとんでもない屋敷から…必ず抜け出してみせる…待っていろよ…小夜子、翼、未来…」
義之は嫌な汗をかいていた。
「助かったらこんな家さっさと引き払って…新しい家で、新しい生活をしよう…」
泥沼が深くなり、より一層足を取られる。
「すまなかった…こんな家に連れて来てしまって…」
義之は自分を責めていた。知らなかったとはいえ、
とんでもない家を買って
家族につらい思いをさせてしまった。
家というものは
家族と家族の思い出を入れる大きな箱だ。
家族が一生幸せになれる家は
決して見た目や立地や値段だけで決めてはならない。
義之は心からそう感じていた。
「次こそは…皆で幸せに暮らせる家を…贅沢でなくてもいい。ささやかな幸せが見出だせる家を選ぼう…」
ふと、固い地面の感触が戻った。
フローリングの廊下。
もうすぐだ。
義之は走った。
やがて、前方に玄関のドアが見えた。
「助かった!」
義之は歓声をあげながら駆け出し、ドアを開けた。
「うわぁぁぁあぁぁ!!!!」
ドアの先には地面は無かった。
あるのは高さ200メートルはあるであろう岸壁。その下には荒れ狂う海。
義之は真っ逆さまに転落し、
狂気に満ちた笑い声をあげる海に飲み込まれた。
1週間後、ニュースがこの事件を伝えた。
「今朝、○○県にある西森義之さん宅の中で、白骨化した3人の遺体が発見されました。
骨格の特徴から遺体はそれぞれ義之さんの妻・小夜子さん、長男・翼さん、長女・未来さんと見られています。
また、義之さんも行方不明となっており、警察は何らかの事情を知っているものとして義之さんの行方を追っています。」
小夜子は玄関先で、未来は2階の廊下で、翼はリビングで、それぞれ白骨となって発見された。
義之は大荒れの海に飲み込まれ、遺体が上がらなかった。
幸せな一家を飲み込み殺した家は、何事もなかったように、青く美しい穏やかな海を見下ろしながら、小高い丘の上に佇んでいた。
終わり