「なぜですか?」
「兄さんがとてもいい人で、それにすごく楽しかったから、大事な事に気付かなかったのよ。
なぜ突然兄さんが私に会いに来たのかを、深く考えなかったの。
あの時もう兄さんは、自分の命が長くない事を知っていたのね。
でも、結果的に財産を独り占めしたような形になっているから、明彦兄さん達には会いずらかったのよね。
でも私だけは、まだ養ってもらってる身でしょ。
だから私に会いに来たのよね。
…私がもう少し注意深ければ、きっと兄さんの体の具合が悪いのが分かったはずよ。
そうしたら、ずっと付いててあげたのに…
看病もしてあげられたのに…
でも、私は全然そんな事には気が付かなかった、ダメな妹…」
「それは仕方のない事ですよ。
自分を責めてはいけません。
それに、少なくとも孝子様は、雅則様に貴重な思い出の一日を残されたのですから」
「そう言ってもらえると、少しは気が楽になるわ。
あの時、玄関払いしなくてよかった。
それだけが救いかな」
そう言って孝子は少し笑うと、続けた。
「私はね、死についてはこんな考えを持つようにしてるの。
死ぬ事それ自体は、決して可哀想な事じゃないと。
死とは、この世に産まれた者になら、誰にでもただ一度だけ訪れる、言わば『究極のおアイコ』だと思っているの。
もし可哀想と言うのなら、それはきっと死んで行く者の、生き方が可哀想だったのよ。
例えば、二十歳そこそこで、莫大な財産という重責を背負わされ、それをたった一人で必死に守り抜き、たった一人で死んで行った、雅則兄さんのような生き方…」
そう言って、孝子は顔を伏せた。