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ノックもなしに、いきなり明彦が飛び込んで来たので、鹿島はびっくりした。
しかも明彦の様子がただ事ではない。
異様に興奮している。
「な、何事です!
いきなり!」
鹿島はそこまで言うと二、三歩下がった。
昨夜の食堂での争いが、すぐに思い浮かんだ。
また『ビデオテープを出せ』と、怒鳴り込んで来たのかと思ったからだ。
「おい、鹿島!
磁石はないか?」
明彦は興奮した様子で、ずかずかと鹿島の前まで来ると、突然言った。
「えっ?
ジシャク…?
磁石ですか?」
あまりにも突飛な要求に、鹿島は一瞬唖然とした。
「そうだ、方角を調べる磁石だ」
「ああ、その磁石ですか。
私は持っていませんが、なんでしたら牧野さんに尋ねてみたらいかがですか?」
鹿島がそう言い終わるか終わらないかのうちに、明彦はもう部屋を飛び出していた。
そして、五分もしないうちに、また鹿島の部屋に駆け込んできた。
「牧野も持ってないそうだ。
なんとか方角を調べる方法はないか?
磁石を使わずに、方角を知る事はできないか?」
「方角ですか?
…そうですねぇ…
ああ、そうだ!
正確には分かりませんが、おおよその方角なら、表にでれば分かりますよ」
「表に行けば分かるんだな。
よし、一緒に来い」
二人は細長い車寄せの道の中間地点にいた。
鹿島が屋根の上を指で示す。
「ほら、あの屋根の上に風見鶏がありますでしょ。
あの風見鶏の軸の部分に、棒が十字に付いているのが分かりますか?」
明彦がうなずく。
「あの十字の棒の先に、それぞれ『E、W、S、N』というのが付いているのが見えますか?
あれが方角です。
『E』が東、『W』が西で…」
「細かい説明はいい。
それよりも、東南の方角はどっちになる?」
「東南ですか?
東南と申しますと、そうですね…
おおよそ、この方角になると思われます」
鹿島は車寄せの道が林に接続するあたりの、やや右側を手で示した。
明彦はしばらく風見鶏と鹿島が示した場所を交互に見比べていたが、やがて納得したらしく、林の方に走って行った。
鹿島が屋敷に戻ろうとすると、林の方で明彦が大声で何か言っている。
「おーい!
双眼鏡はないかー」
「双眼鏡ですかー
分かりましたー」
やはり大声で答えると、鹿島は屋敷に入って行った。