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明彦は憮然としたまま夕食を食べていた。
勝ったと思ったその瞬間に、見事に肩透かしをくらったのだ。
その落胆は、並大抵のものではなかったはずだ。
明彦の様子を、楽しそうに深雪が見ている。
喜久雄と友子はいつものように、なにやらゴソゴソと小声で相談をしている。
孝子にデザートのアイスクリームの天ぷらが運ばれて来た頃、鹿島が食堂に入って来た。
「もう、お食事はお済みですか?」
鹿島がそう言うと、牧野が意外な事を言い出した。
「いえ、今夜はもうひとつデザートがございます。
雅則様に頼まれました、特製のデザートが…」
「えっ?
牧野さん、それはどういう事です?」
鹿島が驚いて牧野に尋ねる。
「はい、雅則様が生前にご注文なさった物です。
皆様がこのお屋敷にお集まりになった三日目の夕食の後に、このデザートをお出しするようにと…
只今お持ちいたしますので」
そう言って一度厨房に消えると、今度は牧野夫人と二人がかりで、大きな銀のトレーを持って出てきた。
「特大のレモンパイでございます」
そう言って五人の前に、そのトレーを置いた。
皆がいっせいに立ち上がって、そのレモンパイを見た。
鹿島も近付いてきて、上から覗き込んだ。
そして鹿島を含めた六人は、思わず声を上げた。
それは一辺が八十センチほどもあろうかと思われる、巨大な四角いレモンパイだった。
しかし、皆が驚いたのは、その大きさではなかった。
そのレモンパイの上に、まるで暗号のような文字が焼き付けられていたからだった。
『 WBd5
WKa4
WBf2
WPg2
BRh2
BKh1 』
「牧野さん、この文字はいったい何ですか?」
鹿島が当然の疑問を口にした。
「それは雅則様のご注文です。
レモンパイの上に、必ずこれを焼き付けるようにと頼まれまして…」
「これの意味は?」
「さぁ、そこまではうかがっておりません。
ただ雅則様から受け取りましたメモの通りに焼き付けたものなので…」
「なぜ今までパイやメモの事を黙っていたのですか?」
「パイを見せて、みんなを驚かせたいから、この事は誰にも言わないようにと、雅則がおっしゃられて…
それに、誰にも聞かれませんでしたし…」