わけのわからないものが次々と生み出される青い壁は、確かに不気味だった。しかし、ただ純粋に己の力の限界まで試して戦えるこの状況に、ジーナは沸き立つような興奮を覚えていた。
ジーナは自分の領域を越える際、魔女としての力を犠牲にした。よって以前のように、防御魔法が常に身体の周囲を守ってくれるというわけにもいかず、己の身体能力だけを頼りにした戦いをせねばならない。
しかしそれが逆に、ジーナの中の戦士としての血を騒がせていた。
一方王子は、ジーナとはまったく別の所に着眼点を置いて、青い壁を睨んでいた。
人形を倒した際に乱れた呼吸を整えながら、猫の前足の毛をそっと撫でると、王子は囁くような声で呟いた。
「……トンネルは、どこかとどこかを繋げるためにあるものだよね?」
猫は労るように王子の体に身を寄せるだけで、問いは虚しく宙に浮いた。
そしてまたいくつかの塊が壁から吐き出され、それらは雁ほどの大きさの巨大なコウモリの群れとなって二人と一匹に襲い掛かった。
二十羽近くいるだろうか。薄い灰色の毛が生えた、筋肉そのもののような気味の悪い翼をばたつかせ、コウモリは通常ではありえないような巨大な牙をむき出して笑う。
王子はその姿に怯んで思わず身を伏せたが、ジーナは直ぐさま閃くように剣技を繰り出し、一気に三羽を仕留めた。ぼとぼとと重力に従って落ちるそれらをとどめとばかりに踏み付けながら、目線はすぐに次の獲物を追う。
猫はさらに勇敢だった。伏せた王子を庇うように腹の下に隠すと、頭上から襲い来るコウモリをばしん、ばしんと前足で叩き落とし始めた。猫の巨体に群がるようにコウモリ達は集まってきて、茶色の背中にぺったりと張り付くと、長い牙で噛み付いた。猫は鳴き、体を震わせて暴れた。コウモリに噛まれたところから真っ赤な血が溢れて、毛の色が赤く濡れそぼる。
悲鳴のような猫の声に、慌てて王子は腹の下から這い出すと、猫の背中からコウモリを引きはがし始めた。
走り寄ってきたジーナも手伝い、豪快にコウモリを払い落としていく。しかし、払っても払っても、懲りずにやって来ては猫の体に噛み付く。
「ぅあ!」
突然王子が叫ぶと、左肩を抑え、がくんと青い床に膝をついた。
「どうした!?」
「……ぐっ…平気…。ちょっと、噛まれただけ。」
見ると、王子の左肩からじわりと血が染み出していた。