流狼−時の彷徨い人−No.59

水無月密  2010-07-21投稿
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 富士の山麓にひろがる原生林の群れ。
 山頂から見る、木々のそよぐ風景が波立つみなものようであることから、何時からか樹海と呼ばれるようになった。

 その薄暗く靄の漂う樹海の中に、半次郎とノアの姿はあった。


 木々の立ち並ぶ悪路を進むノアは、確かな足取りで目的地に向かっていた。

 その背中を追う半次郎は、妙な胸騒ぎを覚えていた。
 理由はわからない。
 鬱蒼と繁る木々達が不安にさせるのか、それとも徐々に近づくノアとの別れの時がそう感じさせるのか。


 やがて二人は小さな洞口にたどり着く。
 緩やかな傾斜に口を開けたそれは人の背丈ほど高さしかなく、さほど奥深くは感じさせなかった。

 半次郎は疑問をいだいていた。
 ここにたどり着くまでにいくつかの洞窟を目にしたが、ノアはそれらには目もくれずにここへ足をはこんでいた。
 方向も定まらない、樹海の中をである。


 半次郎はノアに対し、率直に疑問をぶつけた。
 何故この場所が正確にわかったのかと。

 その知的好奇心にたいする愚直さが、ノアには可笑しく思えていた。
 それは生来の性分なのだろうが、それ故にこの青年は数奇な運命をたどってきたのであり、それはこれからも同じなのだろうから。


「人が気を発するように、森羅万象の物にも気は存在する。
 オマエにも経験があるはずだ、自然の中や住み慣れた場所で安らぎを感じたことが。
 それは自然が発する気が人に心地よいからであり、住み慣れた場所の気に身体が馴染んでいるからだ」
 ノアは半次郎から視線をはずすと、洞口を見つめて自嘲気味に微笑んだ。

「……シャンバラの気は特殊だ。
 無機質で、金属のように硬く温度を感じさせない。
 それでもワタシには慣れ親しんだ気だ、どんなに微弱でも察知することはできる」

 わずかに望郷の念を見せたノアに、半次郎は彼女の素顔を垣間見たように感じた。
 祖国の幕引きをするため、気の遠くなるような時を彷徨い続ける彼女の悲哀を。




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