鈴宮工業対橘華高校の試合は、七点差のまま七回に突入していた。
大きく開いた得点差と、いまだ一人のランナーも許していない八雲の投球内容に、勝敗の帰趨は既に決したと観客達はみていた。
だが、当事者達はそう感じてはいなかった。
七点差をつけられた鈴工サイドは、とにかく一点をとることに集中し、勝負を棄てようとはしなかった。
その闘志をひしひしと感じているマウンド上の八雲は、鈴工ナインの心意気に真っ向から受けてたつ姿勢でいた。
そして、鈴工ナインの決して諦めない心が、試合の見せ場を演出する。
鈴工の先頭打者である宮本は追い込まれてからの三球目、八雲の重い球にくらいつて三塁方向に弾き返した。
鋭い打球ではあったが、三塁手の織田は上手く回り込んで捕球動作にはいる。
焦らずに送球できるタイミングであった。
だが、八雲のパーフェクトピッチングを意識した織田は捕球の瞬間、懸命に駆ける宮本に目がいってしまった。
それがファンブルを誘い、終始全力で駆け抜けた宮本の出塁をゆるす結果となった。
鈴工は次の門田が送りバントをきめ、一死二塁として初の得点チャンスをむかえる。
「すまない、俺がチョンボをしたばかりにこんな事になって……」
マウンド上に集まった橘華内野陣の中、織田はひたすらに頭を下げていた。
「あの打球は織田さんだからエラーで済んだんだ。
下手くそなヤツだったら、抜かれて長打になってましたよ」
屈託なく笑う八雲に、織田を責める気持ちは微塵もなかった。
だが、織田にはかえってそれが辛かった。
「けど、結局はお前のパーフェクトピッチングを潰したことに、変わりはない」
「そんなもん気にしてっから、ファンブルなんかするんですよ。
全く、大澤さんが余計な事いうからっ!」
八雲は、迷惑そうに大澤へ視線をむけた。
それは大澤が七点目を奪取した直後の事だった。
ベンチに戻る彼は、バックスクリーンで七点差がついたのを確認した際、八雲が一人の走者もだしていない事実に気付く。
それをベンチで口にした途端、雰囲気が一変した。
三年生達は一つ一つのプレーに手一杯で気付いておらず、小早川にいたってはパーフェクトピッチングの言葉すら知らなかった。