ぽちとチワワ

あや  2010-07-23投稿
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いつも笑顔だった彼女が泣くところを見たのは一度きりだった。

いや、正確には泣いてなんかいなかった。
ただ、僕が勝手に『泣いてる?』って思っただけで。

それはバイトのこの勘違いというか、被害者意識というか、
とにかくそういう事実なんてまったくなかったのに。

彼女はこの店から異動することになってしまった。


いつものように閉め作業をして、
いつものように事務所に戻り、
日報を打ってる。

僕はとなりで明日使うタオルをたたんでる。

そんなときだった。
異動の話をきいたのは。

『来月から店長変わるから』

彼女はパソコンにむかいながらいたって冷静に言った。

無表情で。


僕の頭は真っ白になった。

つぎの瞬間、僕はすごい剣幕で彼女にくってかかっていたんだろう。

彼女はきょとんとしていた。


『…びっくりした』

少しの沈黙の後、彼女が発した台詞はそれだった。

なにを言ったかよく覚えてない。
とにかく『なんで!?』とか『嫌だ』とか、
そんなことだったと思う。

『ありがとう』

彼女は伏し目がちに静かに言った。

『ちょっと肩かしてくれる?』

そうして彼女は頭をこつんと僕の右肩にくっつけた。


どのくらいだろう。



僕と彼女はしばらくの間そうしてた。
わずかに震えてた彼女の肩がやけに細く見えて。


僕はあのとき彼女を抱いてやればよかったんだろうか。

でもできなかった。

必死に涙をこらえる彼女を目の前にして、

なにもできずにいた。


次に顔をあげた彼女は、

もういつもの気丈な彼女だった。


泣いた彼女を見たのは後にも先にも

あの一度だけだった。

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