しばらく歩いていると、携帯が鳴った。
「もしもし」
「あ、真哉?ねーねー、今日のデート、夜景の綺麗なレストラン連れてってくれるってほんと?」
「…え?」
相手は…彼女だ。
「ありがとう真哉!私、超オシャレして行くからね!」
「…何を言ってるの?」
「え?だーかーらー!今日は私達の1周年記念日じゃん!」
「…どういうことだ…」
俺の頭の中は真っ白だった。
『ここでの経験を本当に活かせるかどうかは、出所した後に分かるらしいのです…』
いつか川上が言っていたのは…このことだったのか…
「ねー聞いてる?もしもーし!」
「…分からない。」
「え!?聞こえない!」
電話の向こうで彼女が言っている話が…理解できない。
あの刑務所での経験を活かす以前に…
同じ環境に閉じ込められ、同じことしかしてこなかった俺には、
…もう塀の外で生きていくための適応力がない。
電話では彼女が何か喚いている。
聞こえてはいるが、何を言っているのか、全く分からない。
塀の外では、時間は経っていなかった。
俺の中の全てが、音を立てて崩れてゆく。
俺は携帯の電源を切り、一目散に刑務所に戻った…が…
「ない…ない…」
あの巨大な建造物は…俺の唯一の心のよりどころは…跡形もなく消えていた。
木の杭と有刺鉄線で囲われた売地。
「俺は…もう生きられない!戻してください!あの場所へ!もう一度戻してください!」
何もない大地に、俺の叫びが虚しくこだまする。
「生きる希望も…未来も…見えないんです!戻してください!戻してください!」
俺は悟った。
あの刑務所のやり方…
わずかな時間で外の世界への適応力を奪い、
生きていけなくする。
刑務所と外の世界では時間の流れ方が違う。
厳密には時間の流れの感じ方が違う。
外の世界を知る術はなかった。
詳しい時間を知る術もなかった。
そして、あの刑務所そのものが、卑劣な犯罪を犯してもなお人生をやり直そうとする凶悪犯罪者にしか見えない幻影だった…
俺は、その場に座り込み、激しく泣いた。
これが犯罪者の末路なのか…
死よりもつらいこの現実を受け止めて、生きていかなければならない。
夢も、希望も、気力でさえも
俺にはもう何も…見出だせなかった。
終わり