『聖人君と木下さんも知ってのとおり、
うちのユカは気が強くてね。
今回の件でも、職員室で、森宮 ヒロキ君の頬をひっぱたいたそうで‥‥。
ハハハ‥誰に似たのだか。』
ワインを一口だけ口にしてから、
ユカのお父さんは更に続けた。
『近々、市議選に立候補しようと考えていたのだけれど‥‥
私は、今回の君達の勇姿に心を動かされたよ。
そんな事よりも、まだ私には、やりたい事が有った筈だと、気付かされたんだ。』
ワイングラスを持つ手が微かに震えていた。
酔っている筈はない。
だって、まだ1口しかグラスに口をつけていない筈。
『お父さん?!』
ユカが少し心配そうに視線を向ける。
そして、あたし達も。
『実はね、聖人君に奈央ちゃん。
ユカには、もう話してあるのだけれど、3学期いっぱいで、
私達家族は、道東にある私の実家へ引っ越す事になったんだ。』
お父さんの言葉に、ユカは納得した表情を浮かべたケド、
聖人とあたしにとっては、初めて聞く話で、
ただ驚く事しか出来なかった。
『私の実家は酪農をやっていてね、
若い頃、ちょっとした事がきっかけで父親と疎遠になり、
私は長男であったが、実家の酪農を継ぐ事は絶対に無いと思っていた。
本当は、酪農の仕事が大好きなのにな。
ずっと、自分の本当の気持ちに嘘をついて生きてきた。』
そんな。
ユカと離れ離れになってしまう?!
せっかく、また仲良くなれたのに。
『やりたい事やればいいじゃん。
オジサン、こんなに美味い料理だって食わしてくれんじゃん?!
こっちも才能あるんじゃね?!』
聖人ったら。
いくら小さな頃から知っているからって、そんな言い方はっっ!!
『いやだな。今日は、そんな話をする為にご招待したワケじゃないのに。
ごめんね。
お父さん、もうその話はNGね!!』
ユカが気を遣ってくれる。
そんな、
気を遣わなくていいよ、ユカ。
3学期いっぱいまで――
もう半年もないじゃん――
そんな事って――
そんなのって――
急すぎるよっっ!!